都立オホポニア高校オカルト研究部活動録(抄)
ささやか
第1話
「大変なことになった」
オカルト研究部の部長である黒岩が部室に入るなり嘆息すると、めいめいの定位置に座っていた後輩部員らは異なる反応を見せた。
「もしかしてこの前俺が祠壊しちゃったことでなんかあったんすか! さーせん!」
「どうせ胡散臭い本を買ったせいで今月金欠とか、そーゆーくだらないやつでしょ」
鏑木が高らかに謝罪する一方、オカルト研究部の紅一点たる重松の態度は醒めていた。部室の壁一面に置かれた本棚には黒岩が揃えた数多のオカルト関連の書籍が収まっている。黒岩が金欠を嘆くのもいつものことであった。
「確かに俺は今金欠だし、鏑木が祠を壊した後に撮影した写真には血みどろになった重松と一緒にピースサインする落武者が写っている。が、今回はそれじゃないんだ」
「いやそれは大問題だから! ちょっと見せろし!」
首を横に振って黒岩が取り出した写真を重松がひったくる。
そこには本来特徴のない山中を背景に撮影用笑顔を作る重松だけが写っているはずだった。しかしピースサインをする重松の左隣にはこの世のものならぬ存在がぼんやりと写っていた。
落武者だ。
朽ち果てた鎧を着る落武者の肉体は腐乱し、あちこちからどす黒い血を流しており本来なら表情をうかがうことは困難であったが、何故か笑顔だとわかる表情でばっちりピースサインをしていた。
重松の顔には不自然な黒ずみができ、黒い血を流している。
そして二人はまるで恋人のように互いに身を寄せ合っていた。
「……私達これから結婚します、みたいな?」
「なわけないでしょ!」
写真をのぞきこんだ鏑木に重松が怒髪天の勢いで否定する。
「こんなやつと結婚するわけないでしょ! グロい! キモい! 生きてない!」
「いや、そうとも限らんぞ」
黒岩が銀縁眼鏡のブリッジをクイと押さえた。
「鏑木が壊した祠のあった我妻山だが、あのあたりは誘拐婚が盛んであったことが明らかになっている。あの祠で祀られていた霊が己の伴侶をどこからか略奪しようとすることはそこまで不思議ではない」
「いや、霊が誘拐婚とか!」
「怪異が攫った女を妻にして、子を成す奇譚はそう珍しい話ではない。今回のケースに近いものだと、誘拐婚の盛んだったチャルシッカ地方に、裕福な商家の娘が山賊の亡霊に見初められ、父親が護衛を雇って娘を守ろうとしたものの三か月後にあえなく娘は誘拐された、なんて話が残っている」
「あ、重松ってご令嬢じゃん。小さな会社って言ってたけど」
「誘拐婚で対象となるのは地位や財産のある良家の女性や、美しい女性が多い。重松はそういう条件を満たしていると言えるだろう」
「重松は美人だしな」
黒岩の講釈と鏑木の指摘に、しばし絶句した重松は一足飛びに鏑木のもとまで駆け寄ると、彼の胸倉を掴んで激しく揺さぶった。
「祠を、壊したの、あんたでしょ! 責任とんなさいよ!」
「重松が後ろから押したせいだろ!」
「あんたがお茶目なイタズラにビビりすぎ!」
「大声あげて全力で背中を押すことのどこがお茶目だ! しかも崖から!」
「崖じゃないし段差だし!」
「人ひとり分くらいの高さが段差なんて可愛らしい表現で済むか!」
鏑木と重松が言い争いをはじめたので、黒岩は制止する。
「落ち着け。そもそも祠を壊したことが原因かハッキリしていないし、もしそうなら祠を直せば解決するかもしれない。それにチャルシッカの奇譚では亡霊に誘拐されるまで三か月あった。まだ猶予はある。まあなんとかなるだろう」
「めっちゃ希望的観測ですよねそれ……。まじで可及的速やかに解決してくださいよ」
黒岩は部長権限により重松の抗議を黙殺した。
「話がずれたな。本題は今後のオカルト研究部のことだ」
「今後の? もしかして部長、引退するんですか!」
鏑木が泡を食って立ち上がる。黒岩の忠実なる後輩を自認する彼にとって、黒岩の引退は重松が落武者の花嫁になることよりも重大な出来事だった。
「そんなつもりはない。が、結果的にそうなってもおかしくない。生徒会から通達がきた。部員の定数を満たしていないのでこのままだと廃部だとな」
「うちは今三人、じゃない、鶴巻がいるから四人か」
「バイトのヒポポタマス狩りで鶴巻は今日欠席だ」
指折り部員を数える鏑木に、黒岩が補足した。
重松が重要な点を尋ねる。
「それで、定数って何人いればいいんですか。十人とか?」
「いや、五人だ」
「ならなんとかなりそう。で、いつまでに集めればいいんですか?」
「今週までだ」
「はあああああぁ! 今日木曜ですけどおおおおおお!」
重松の声が裏返る。鏑木も言葉にならない大声をあげた。
もう放課後である以上、木曜日はほとんど残っていない。動ける時間は極めて限られていた。
「即刻廃部だという南条を必死に説き伏せてかろうじて猶予を得た。僅かなれどまだ時間はある。なんとか廃部を阻止しよう!」
黒岩の檄を飛ばし、えいえいおう、えいえいおうと部員で士気と高めていると、部室のドアが控えめにノックされた。どうぞ、と黒岩が許可を出すとゆっくりとドアが開かれる。
そして次の瞬間、黒岩と重松は全く同じことを思った。なんて素敵な女の子なんだ、と。
ドアを開けたのは三人とって見知らぬ女生徒だった。
「あの、ここオカルト研究部で合ってますか?」
彼女は鈴を転がすような美声で尋ねた。
「あ、あ、合ってるすよ、こ、ここがオカルト研究部っす!」
「よかったあ」
蕾がほころぶような笑顔を見て、答えた鏑木の顔が赤くなる。
「あの、私、転校してきたばかりで。だけどオカルト研究部に入りたくて」
「それはありがたい。君が入ってくれれば廃部も免れる。もちろん大歓迎だ」
「そうなんですね。さっそくお役に立てるなら何よりです」
女生徒は両手を合わせてやわらかに微笑んだ。
「入部してくれるだけで大活躍だとも。ぜひそこの席に座ってくれ」
落ち着き払った黒岩は両手を広げて歓迎の意を表してから、鶴巻の席を指し示す。素直にパイプ椅子に座った女生徒は牡丹のように華やかだった。
黒岩は書棚から入部届とボールペンを取り出し、彼女に渡す。
「これが入部届。それとそうだ、名前を教えてくれるか?」
「はい、
男子らがクラッシャア子の笑顔に見惚れる一方、重松だけは醒めた表情で彼女を見ていた。
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