二十余年の追憶、又は幻想独白

夜泉

1 幻想独白

 嘘つきって言われたことある人。はーい。

 私はよく言われました。


 嘘をついたことはあったけど、嘘じゃなかったときも、結果的に嘘になってしまった事もありました。私にとっては嘘じゃなくても相手にとっては嘘だった、なんてこともありました。嘘と決めつけられたこともたくさんあります。


 まあ、誰しも人生に一度は言われたことがあるんじゃないでしょうか。「うそつき」って。


 嘘って何を基準に決まるんでしょう?


 嘘を言った本人が、嘘と認識しながら嘘をつく。

 嘘を言われた相手が嘘と理解する。

 互いが同じ嘘の内容を共有する。


 『嘘』という概念の理想的な成立とは、まさにこのプロセスを踏むことだと私は思うんです。"嘘が存在する"という認識を互いが共有し、コミュニケーションの一部として組み込むことができる。

 私はこの状態をとっても素敵なことだと心から思いますが、残念ながらそんな理想の状態に出会えたことがほぼありません。もしかしたら忘れているだけかもしれませんが、印象的に心に残る記憶として欠片も存在していないのです。


 嘘ってそういうもんでしょ、と思ったそこのあなた。

 そんなあなたに一つ質問があります。


 Aが「ペンギンという鳥は空を飛べます」と言いました。

 Aは嘘をついていますか?


 Aの言っていることは嘘だ、と思ったそこのあなた。

 ええ、その通りです。ペンギンは飛べません。ペンギンの羽は空を飛べる仕組みになっていないので空は飛べないのです。読者の多くはペンギンという鳥のことをよく知っているでしょうから、"ペンギンは飛べない"という真実も当然知っているでしょう。


 でもちょっと待って下さい。

 ペンギンは確かに飛べません。でも、それはAが嘘をついていることにはならないんですよ。


 心理学辞典(1999)によれば、(『嘘とは意図的に騙す陳述を指し、単なる不正確な陳述とは異なる』)とあるようです。


 これはどういうことかというと、Aが自分の言ったことは本当だと心から思っていれば、Aは嘘をついていないことになるのです。Aの言った「空飛ぶペンギン」が幻覚か、マジで何らかの作用が働いて物理的に空を飛ぶはめになったペンギンを目撃してしまったのかはわかりません。けれど、私たちが接する日常の常識では、嘘つきかどうかを判断することはできても、断定することはできないのです。

 人の心の内を証明する手立てはほぼありません。

 だから、嘘という単語の定義に照らし合わせると、本人が嘘と認める以外に嘘つきと断定することができないのです。


 Aは嘘をついていますか?

 私は「Aが嘘をついてるかわかりません」と答えます。


 『嘘』の定義により、私たちはAは嘘つきかどうか判別できないことがわかりました。

 Aは嘘つきかもしれない……。でも、嘘つきじゃない可能性もあり得る……。さながらシュレディンガーのペンギン。物証があればまた違っていたかもしれませんが、今回はそんなものはないとお考えください。


 Aの空飛ぶペンギンは定義の関係上、ギリギリ存在する可能性が認められました。


 認めがたいですよね。私もそう思います。

 というわけで、私は空飛ぶペンギンはいると信じません。いる可能性は否定しませんが、それはそうとして、いないと思う自分の判断を信じます。


 だって空飛ぶペンギンなんて見たことないもの。


 Aは嘘をついてるかはわかりません。

 でも、Aの言葉を信じられるかどうかと聞かれたら、私たちの大半は「信じない」と答えるでしょう。


 だって空飛ぶペンギンなんて見たことないもの。


 どこかで見る機会を得られた人がいるとして、それはきっと少数派でしょう。画像を加工して写真や動画の中で空飛ぶペンギンを見ることはできる。空飛ぶペンギンの絵を描くこともできる。生きているペンギンに何らかの飛行用装置を装着させることもできる。空想や幻覚の世界で空飛ぶペンギンに出会うこともある。


 でも、現時点でペンギンは飛行能力を持ちません。

 空飛ぶペンギンを証明する物証を用意することは困難です。


 さて、空飛ぶペンギンを信じていない皆さん。

 Aは嘘をついていますか?と聞かれたとき。嘘つきだと思いませんでしたか?ちなみに私は九割九分嘘つきだと思いました。


 Aが嘘つきだということは証明できなくとも、Aが嘘つきだと信じる人はたくさんいます。つまりそれは、Aが嘘つきとして扱われ、空飛ぶペンギンも嘘として扱われるということに他なりません。信用してもらうための判断材料が用意できないから当然です。


 現実の『嘘』とは怖いもので、大多数の集団に「嘘だ」と決められてしまうとどんなことでも『嘘』と扱わざるを得ません。同調圧力の重みに一人で歯向かうことは難しく、これがAなら周りに嘘だと言われればAも空飛ぶペンギンを嘘だと認め、嘘として扱うことが求められます。空飛ぶペンギンを信じない誰が、Aの望む話題を共有することができるでしょうか。


 Aの言う「空飛ぶペンギン」が嘘か否か。私たちとAは同じ認識を共有することができないとわかりました。Aは空飛ぶペンギンをどのようにして知ったのでしょう。

 Aが示せる物証がないということはすなわち、Aが自身に現実で目撃したと証明することもできないわけです。


 もしかしたら空飛ぶペンギンは本当にどこかで実在するのかもしれません。しかし、私たちの『嘘』の捉え方次第で実在の有無が討論されています。どちらも完全に証明することはできないという点に多くは不思議と気づきません。


 『嘘』とは、実は数字と違い、互いに同じ認識と情報が共有できない曖昧な概念なのです。

 誰かが嘘をついてる。そう疑ったとき、私たちの頭はこんなごちゃごちゃとした複雑怪奇なことは考えますか?常に嘘一つに大真面目に思考を巡らせる人はあまりいないものなのです。


 だからこの物語を読む皆さんには、嘘と本当以外に、『嘘か本当かわからない何か』という存在があるということを認めてくれることを願います。誰かの言葉が理由になるのではなく、自分ができる範囲で考えて、調べて、見て、感じたことを理由に「嘘」という言葉を使ってもらいたいです。






 最後に、私がいつも見ている「空飛ぶペンギン」の話を少ししましょう。


 『人は孤独に耐えられない』ということを皆さん知っていますか?人は衣食住が足りていても、一人では衰弱して健康を大きく損なう性質があります。


 実は私。それとは反対の性質を持つ人なのです。暫定。

 まさに『嘘とも本当とも証明できない嘘のような話』。嘘と断定できる要素のない、まるで空飛ぶペンギンのような性質があるのです。


 家族、友人、同級生、他人と相手との関係に関わらず私はストレスがかかってしまう性質なのです。

 まさに生きているだけでストレスフル。対症療法になるのが周囲と完全にコミュニケーションを断つしかないという鬼畜仕様。睡眠で完全に意識を落とし、必要最低限な生理現象だけを行う生活を三日ほど続ければ日常生活が行える健康状態まで持ち直せます。が、そこまでしないと回復できないジリ貧状態。全回復なんて夢のまた夢。悲しいですね。


 その上コミュニケーションの成立が常に困難で意志疎通がままなりません。

 これ、一番ヤバイのは公共機関が一部利用できないことです。私も最初は何が起こっているのかわからなかったくらい複雑な合併症のような連鎖反応の末に起こりました。


 それからさらに上を行く厄ネタ。感情と人格のコントロールが完全にできたらどうなる?一言で語れないくらい生涯に直結している内容なんだけど当然パッと思いつくような問題ってわからない。メリットは計り知れない。でもデメリットがメリットの分を帳消しにしてさらにドカ盛りで余るほど。先のコミュニケーション不成立の要因の一つでもあり、人間である自分の体を運用方法がわからなくなるという致命的過ぎる状態を引き起こす。

 つまり異常を知らせるサイレンの音を自分で勝手にOFFにできるんですよ。OFFにしっぱなしの設定を続けることができるんですよ。サイレンがどこから鳴るか。いつ鳴るか。何が原因で鳴ったのか。サイレンの大きさも何もかも学ぶことができなくなるんです。


 無汗無痛症にも通じる状態だけど、周りも自分も気づけないし気をつけてどうにかできる問題でもない。


 このエッセイを書いてみようと思い立ったのは、誕生から始まったタイムリミットがだいぶ近づいてきていると実感しているからです。記憶障害が起こっている今、私が自分のことを忘れず記憶したいこと。第三者がこのエッセイを読んだ感想を知りたいこと。あとは、自分のような症状の人がいたら話してみたいことですかね。

 全部まとめると、私は自分を知るためにエッセイが書きたくなったのかもしれません。


 なんで感想は気兼ねなくどしどし書いてもらえるとうれしいです。なんなら「これ嘘だろ」という感想でも問題ないです。どういった内容が嘘と捉えられるかも手探りなので、嘘と思った理由もつけて書いてもらえるとうれしいです。






改めまして──。


 あなたと私の「幻想独白」。

 哀悼を込めて「二十余年の終生」。


 皆々様、私の自己満足空飛ぶペンギンをどうぞ自由にお楽しみ下さい。



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