第31話 藤堂の絶望(ざまぁ回)
かれこれ数日前に遡る。
藤堂 健太が「西埜 御幸の奇襲」に失敗した当日の夜。
所属する【
――藤堂 健太
本日限りで当ギルドの解雇を命じる。
ギルドマスター:不和 昌斗
PS:約束を守ってくれず残念だ、ケン。
そして、さらなる追い打ちが待っていた。
「このぅバカ息子がぁ!!!」
「ぶほっ!」
自宅に戻った藤堂は、普段より早く帰宅した父親によって殴られてしまう。
スーツ姿の父親が拳を震わせる後で、母親が顔を手で覆いひたすら泣き崩れていた。
床に倒れた藤堂は頬を押さえ、キッと父親を睨む。
「いきなり何をするんだ、父さん!?」
「健太、お前……自分が何をしてきたのか、わかっているのか!?」
藤堂はすぐに察知する。
ついに苛めの実行犯が特定されたと勘づいた。
「違う! 聞いてくれ、父さん! 俺は周りの連中に煽られただけなんだ! 俺だけが悪いわけじゃない! 現に教師だって見てみぬ振りで歯止めが効かなかったんだよ!」
「――琴石 莉穂さん」
「うっ!」
「同じクラスのその子が制止していたそうじゃないか? 健太、お前は彼女を振り向かせたいと、しょーもない理由で幼馴染である西埜君を苛めていたとネットで書かれているぞ」
「そんなの嘘っぱちだ!」
「嘘じゃない。現に、その子自身がSNSで告白しているんだ。実名でな……お前の名前は伏せられていたが、他の匿名者がネットで晒している。既に拡散され、火消しは不可能……父さんが雇ったハッカーですら手の施しようがないそうだ」
最早、藤堂のことは名前だけでなく顔も世界中に晒されたことになる。
住所は勿論、学校や
さらに御幸が助けた少女が、藤堂が所属する有名なギルドマスターの妹だったという皮肉な事実から、より話題性が生み世界中に広まる形となる。
「ぐっ! だからなんだよ! 所詮はガキ同士の戯れじゃねーか! 本人が死んでいるならまだしもピンピンしてんだからよぉ、そこまで大事にする必要があんのか!?」
「……お前は何もわかっていないようだな。さっき【
「当たり前だ! 誰があんな雑魚に土下座できるか!」
「……そうやってお前が最後のチャンスを棒に振るったせいで、私はダンジョン管理省の事務次官を辞職せねばならない。息子の責任は親の責任だからな。おかげで明日からは平の公務員に降格だ。不破君が口添えしてくれたこともあり、解雇こそされなかっただけまだマシだ。しかし、この家を売らなければならないし、ローンだって残っている……もう出世の道は閉ざされたと言えるだろう」
「ケッ! 結局、アンタも自分のことでブチギレているだけじゃねーか! 昌斗さんもそうだ! どいつも西埜が救世主と呼ばれるようになった途端、掌返しやがって! そんな理由で詫びろと言われて納得できるか! 俺はまだ負けちゃいねぇ! 負けちゃいねーんだよぉぉぉ!!!」
寝耳に水とはこのことだろうか。
確かに彼を取り巻く周囲の大人達にも問題は大いにある。
だが実際に手を下し苛めてきたのは、紛れもなく藤堂本人だ。
その事実に一切向き合わず異を唱えた罵詈雑言など論外だといえた。
父親は「ふぅ……」と深い溜息を漏らしている。
「……もういい、出て行け」
「なっ!?」
「この家から出て行けと言っている。あとは好きに生きろ……社会の厳しさをその身をもって味わえ。学校も辞めていい……」
「親の癖に息子を見放すのか!? 炎上した息子に対して、家に引きこもることすら許されないってのか!? 保護者の監督責任くらい取れってのッ!!!」
「知るか。自分で言うな。お前がやってきたことは、飲食店で迷惑行為した悪ふざけじゃ済まされないんだぞ……もう庇いきれん。お前のようなバカ息子と共倒れするつもりはない。今週中に出て行け! お前とは親子の縁を切る!」
こうして藤堂は父親から勘当を言い渡されてしまった。
さらに直後、断続的にスマホの着信音が鳴り響く。
『お前が藤堂か? スレイヤーくんをイジメている糞野郎!』
『テメェのアカウントから住所まで全部晒されているぞ。逃げられねーからな!』
『今じゃ世界中から注目を浴びる有名人だわ。まぁ最低クズ野郎の意味でwww』
『オワタ、ザマァwww』
『イジメてた奴に見事に逆転されたね? 今どんな気分よwww』
くそったれが!
ここまで情報が漏れてんのか!?
正義気取りの暇人どもがぁ、イキリやがって!
だったら今すぐ俺を殺しに来いよ!
面と向かってじゃ、何もできねぇ匿名の雑魚どもが!!!
藤堂の心はまだ折れていない。
自分はこんな連中とは違い、優秀な人種だ。
その気持ちが矜持を支えていた。
しかし、いつまで保てるか……。
手当たり次第に着信拒否していく中、学校側から連絡がくる。
とりあえず着信に出てみると、連絡した相手は校長からだった。
『――藤堂君、これから早急に学校に来てほしい。理由はわかるな?』
普段は温厚な校長が厳しい口調で問い質してくる。
「西埜の件っすか? 大方、学校側に苦情が殺到しているパターンっすよね? けど当事者の俺から言わせりゃ、黙認したあんたらも同罪っすよ」
『……わかっている。だからこその話し合いだ。キミの行為を加担した生徒全員を無期停学処分としている。このまま事が収束しなければ留年もあり得るだろう。担任教師も懲戒処分として出勤停止とした』
「それで、俺の処分は?」
『本来なら退学と言い渡したいが……キミの言うとおり、西埜君に関しては我ら教師も同罪だと猛省している。キミに反省の色があるのなら、可能な限り退学だけは避けたいと思っているのだが?』
反省の色だと?
つまり俺が西埜に負けたと認めろっていうのか?
この俺が……常にトップの道を歩んでいた、この俺が。
あんな底辺野郎なんかに……。
――ちくしょう!
「……ざけるな」
『なんだと?』
「ふざけるなぁぁぁ! 誰が反省なんぞすっかぁぁぁ!! ああ、辞めてやる!! んな学校なんぞ、こっちから辞めてやらあぁぁぁぁぁ!!!」
怒り狂った藤堂は、スマホを床に叩きつけ踏みつける。
画面が割れて本体ごと粉々に破損した。
「……はぁ、はぁ、はぁ、クソォ。どいつもこいつも……ふう」
気持ちを落ち着かせ、藤堂は外出した。
追い出されるまで猶予がある内に、自分の住まいを探さなければならない。
だが外に出た途端、周囲から視線を感じてしまう。
すっかり自分のことが世間に知れ渡っているようだ。
中には「あいつが……そうだろ?」「マジでキメぇ」「苛めダセェ」と、わざと聞こえるように呟いている。
さらに勝手に撮影してくる奴もいた。
(んぐぅ……世の中の全てが俺の敵になっちまっている。少し前まで、人生なんて超余裕だと思っていたのによぉ)
西埜 御幸がスキルに覚醒してから、すっかり狂わされてしまった。
一方的にセフレ達と別れを告げられ、取り巻き達が離れ、挙句にはギルドを解雇されてしまう。
おまけに学校を辞め、こうして親まで縁を切られて孤立無縁となっている。
(何もかも失っちまった……このまま西埜はイキり続け、俺は底辺の雑魚以下として落ちぶれていくのか? ちくしょう……俺はどうしたらいいだよぉ)
あれだけ強気だった藤堂も、つい心が折れかけている。
近いうちに「正義マン」を名乗る
そんな妄想を抱き、募った不安が恐怖へと変わっていく。
「――藤堂 健太君ですね?」
「ひぃぃぃ!?」
ふと背後から声が聞こえた。
あまりにも唐突な出来事に、藤堂は声が裏返ってしまう。
振り向くと、黒スーツを着た一人の男が佇んでいた。
かなり痩せており全体の線が細い高身長の男で、中年にも見えるが若くも見える。
きっちりとした七三分に黒縁眼鏡をかけており、げっそりと痩せこけた頬に顔色も青白く、どこか不健康そうだ。
にしても、
(こ、こいつ……いつから背後にいた?)
疑心暗鬼と化していた藤堂は周囲の気配に気を配っていた。
一応、有望視されたBランクの
しかし、まるで存在に気づかなかった。
(な、なんなんだ……このおっさん?)
男はニコッと薄い笑みを浮かべる。
「そんなに警戒しないでください。私は貴方の味方ですよ。自己紹介が遅れました――猫間といいます。以後お見知りおきを」
猫間と名乗った男は、営業マンのように丁寧に頭を下げてみせる。
懐から名刺を取り出し、藤堂に手渡した。
名刺には、こう書かれている。
ダンジョン保護団体
【救世主からダンジョンのボスを守る会(救ボス会)】
実行部:猫間 ひろし
「――私達と共に救世主を失脚させませんか?」
猫間は無機質で薄い笑みを浮かべた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます