第10話 解き放たれた拳
「ミユキ殿が戸惑われるのも無理はない、当然の要求じゃ。ただ一つ言わせてもらうぞ」
「なんでしょうか?」
俺が問うと、ミランダは椅子から降りてこちらに近づいてくる。
すっと腕を伸ばし俺の手に、その冷たく小さな手を添えた。
「――《
まっすぐ見つめてくる赤い瞳。
見た目は子供なのに、つい吸いこまれそうになる。
とても魔王の娘、吸血鬼の少女とは思えない美貌と可憐さ。
「ありがとう……ございます」
「うむ、ではアリアよ。ミユキ殿を自宅までお送りするのじゃ」
「あい、わかった班長。ささ、ご主人様こちらへ」
「うん」
俺は椅子から立ち上がり、アリアの誘導で部屋から出ようと移動する。
するとミランダが「ミユキ殿」と呼び止めてきた。
「なんですか?」
「仮にDUN機関に入らなくても、アリアは汝の傍に置いておく。上からの命令もあるがそれだけではない。汝にはそれだけ貴重な存在なのだと覚えてほしい」
「……俺が救世主だからですか?」
「それもある。しかし本人が望んでいることでもあるのじゃ。こやつ、異世界では
「勿論、市民権を下さった義理は果たします。ですが私がどなたに忠誠を誓うのかは私が見定めて決めていく所存です」
曇りなき眼差しを向けて、アリアは言い切った。
その視線に、俺はつい目を背けてしまう。
なんだかまた、告白を受けているようで照れてしまっている。
「わ、わかりました……それじゃ」
俺は軽く頭を下げて部屋を出た。
それにしてもミリンダという吸血鬼班長……まるで、こちらの心を全て見透かしたような感じだ。
もし話を断ったら、アリアが俺の前から消えてしまう。
その不安も頭の片隅で過っていたから。
だから即答せず、考える時間が欲しかったのも正直あった。
こんな家族以外で誰かに依存する気持ちなんて初めてだ。
きっと俺をいじめから守ってくれるってこともあるのだろうけど、なんだかそれだけじゃないというか……これまで陰キャぼっちとして過ごしてきただけに気持ちの整理ができない。
「すみませんでした、ご主人様。さぞ困惑されたことでしょう」
帰りの輸送ヘリの中で、アリアは申し訳なさそうに言ってきた。
俺の手には誰かが回収してくれたであろう鞄と、上靴から外靴に履き替えている。
「……まぁね。いきなり救世主だの言われても実感が沸かないし、このまま流されてもいいのかなって思っちゃって。アリアには沢山の恩があるのに、なんかごめんね」
「いえ、ご自分を第一にお考え頂き、そしてお決め下さい。このアリア、騎士としてどのようなご決断であろうと、ご主人様と共に歩みましょう。誓った忠誠は永遠です」
なんか嬉しいことを言ってくれる。
けど何故、彼女が俺にそこまで忠誠を尽くしてくれるのかわからない。
ボスを斃せるスキル持ちだからだろうか?
どちらにせよ、アリアは信頼できる。
下手な学校の女子よりも遥かにだ。
俺はそのままアパートに戻るのではなく、人気のない空き地に降ろしてもらうようお願いした。
目立ちたくなかったし、少し歩きながら一人で考えごとをしたかったからだ。
「ではご主人様、また後ほど――」
「ああ明日、学校で」
アリアを乗せた輸送ヘリが轟音と共に上空へと飛び立つ。
気づけば近所の住民が出てきて、人だかりになっている。
結局、目立ってしまった……。
それから一人で歩いていると、思わぬ現場に遭遇する。
「お姉ちゃん、俺らと遊ぼーや」
「嫌です! やめてください、離して!」
如何にもガラの悪そうな五人の男達が、一人の少女に絡んでいた。
少女は俺と同い年くらいだろうか。
長い黒髪を靡かせ、頭にカチューシャとつけた清楚系でとても綺麗な顔立ちをしている美少女。
細身で華奢だが白いワンピース越しから相当なスタイルの良さが伺えた。
「いいじゃねーか、なぁ? 俺らと楽しいことしよーぜ」
男の一人が少女の細い手首を掴み、無理矢理に連れて行こうとしている。
人通りの多い場所でなんて大胆な連中だろう。
けど通行人達は見て見ぬふりで通り過ぎて行く。誰も助けようとしない。
確かに、どいつも筋肉質で強面な連中ばかりだけど警察に通報くらいできないのか?
今から俺が連絡しても、10分以上かかりそうだ。
「助けて、兄さん!」
気丈に振る舞っていた少女は今にも泣きだしそうだ。
その光景を目の当たりにして、ぐっと拳が握られる。
――俺は救世主だ。
自然と頭に浮かんでしまった。
「あのぅ! 彼女、嫌がっているからやめた方がいいですよ!」
やばい、つい口走ってしまった。
何、イキってんだ俺は!?
男達の視線が少女から俺に移り変わる。
「なんだ、このガキ!? 俺らになんか用か!?」
「正義の味方気取りか、ああ!?」
「クソガキが、俺達を『
ク、
確か泣く子も黙る
どいつも実力は高いのに、所属するギルドのルールに従えず解雇され落ちぶれた連中ばかりだと聞いたことがある。
なんでも警察でさえ手に余している連中だとか。
やばい……自分から飛び込んでしまったとはいえ、とんでもない連中と関わってしまった。
こいつらに比べりゃ、藤堂の方が遥かに可愛い方だ。
「よぉ、正義の兄ちゃん。だったらお前が俺と遊んでくれるのかぁ?」
すると、一人の男が前に出てくる。
年齢は二十代後半。黄土色に染めたボサボサ髪に無精髭が生えている。両耳には痛々しいほどピアスをつけ、高身長で異様に盛り上がった筋肉体質。
まるでプロレスラーのような悪相の男だ。
男は仲間達から「反田君!?」と呼ばれ、後退りするほどやたら驚愕されている。
さも皆から一目置かれているといった雰囲気を醸し出していた。
「いや、僕は……別に」
「今更びびってんじゃねーぞ、ガキが! 反田君が出てきた時点でテメェの人生オワコンだ!」
「ああ、そうだ! 反田君は俺ら
仲間の男達が俺のことを嘲笑う。
身の程知らずの雑魚と言わんばかりに。
しかし、その言葉を聞いた瞬間だ。
俺の心臓がドクンと激しく波を打った。
リーダー?
統率者。
支配者。
――ボス!
反田は拳をバキバキ鳴らしながら、俺と対峙する。
「脳味噌ブチまけろや、正義の兄ちゃんよぉぉぉぉ!!!」
いきなり右ストレートを打ってきた。
が、
「――《
「ぶぼべぇぇぇごぉぉぉ!!!」
俺は溢れる衝動に耐え切れず、ついカウンターの拳を放ってしまった。
拳は反田の顔面を捉えるも、なんとか軌道をずらし腹部に命中させる。
反田は奇妙な悲鳴を上げ大きく吹き飛んだ。
その巨漢はコンクリートの外壁へと激突して陥没する。
異様な光景を目の当たりにした誰もが大口を開けて唖然と見入っていた。
俺は「ハッ!」と我に返り、微かに煙を上げている拳へと視線を向ける。
「やっちまったぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
思わず絶叫してしまうのだった。
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