教室のドア
「ねえ、何か連絡あった?」
土日を挟んでも早見さんが学校に来る気配はなく、すでに一週間が経過していた。教師の説明では体調不良による欠席となっていたが、本当は病欠ではなくてもっと違う理由があるのではないか、と勘ぐる生徒も少なくなかった。このまま欠席が長引くとクラスでありもしない妄想が蔓延してしまい、悪いように解釈されそうで気が気でなかった。僕とゆうみはさりげなく妄想が悪い方へ向かわないよう尽力したが、二人だけでは限界がある。妄想を冗談のように話す生徒の中には、この冗談が実は当たっていて病欠ではないもっとヤバい理由だったらクラスのみんなから羨望の目を向けられるんじゃないか、と淡い期待が透けて見える者も何人か見受けられた。
今にも泣きそうな面持ちで佇むゆうみに僕は首を横に振る。
「何も。その調子だとゆうみにも連絡がないんだね」
「うん。やっぱり待ってないでこっちから何か送った方がいいのかな」
「それは……」
ゆうみに連絡を取らないよう言ったのは、今の早見さんにはどんな言葉も悪い方に捉えてしまう危険性を感じたからだった。しかしそれは間違いなのかもしれない、そんな一縷の不安が心をざわつかせ始めていた。
もう少しで朝のSHRを告げる予鈴が鳴る。僕は教室のドアを見つめながら目頭が熱くなっていることに気づく。
諦めては駄目だ。眉根を寄せてグッと堪える。そして肺一杯に空気を吸って、徐々に膨れあがっていく不安を払拭するように息を吐き出す。たくさんの感情がない交ぜになって窮屈な心の中、その雑踏を這い出すような息苦しさで舌先離れた想い。早見さん、来い!
その瞬間、願いが通じたのかドアが開く。
まるで世界が動きを緩めたかのような光景だった。ドアとレールが擦れる音が耳に届き、遅れて制服の袖に包まれた細い腕が覗く。
クラスに飛び交っていた言葉の応酬が止んだ。
目は泳いでおり、震えているのがあからさまにわかる挙動、しかし目は前を向いていた。クラスメイトの視線が早見さんに釘付けの中、彼女は教壇へと立ち言い放つ。
「おや、お休みして、申し訳ありませんでした!」
久しぶりに姿を見せた同級生が教壇で頭を下げるものだから、クラスのみんなは呆気にとられていた。そして、すぐに様々な反応が返ってくる。
「ひっさしぶりー元気みたいね」「びっくりしたぁ。心臓飛び出るとこだったぞ」「おいおい何で休んでたんだよー。ほんとに病欠かぁ?」「ちょっとそこの男子。人でなしね」「あ? なんだとブス!」「喧嘩うってんの、野獣さん?」「俺が野獣だったら、クラスの男子全員が野獣だっつうの」「おまえそれマジねえわー」「ひくわー」「……すんません。あれっすよ、言葉のアヤっつうか。よくあるだろ、ハゲじゃない奴にハゲって」「うっさいわねハゲ」
賑やかになった教室の中、早見さんに視線を向ける者はすでに僕とゆうみだけになっていた。教壇から降りてこちらに近づいてくる彼女に向かって、ゆうみが走り出して急に抱きついた。早見さんはよろめきながらも重心をしっかりと支えて、半泣き状態の友達に笑いかけている。少しの会話を終えると、早見さんは僕の前に立って微笑んだ。
「お久しぶりです。待ってくださってありがとうございます」
「正直、待ちくたびれたよ」
「お話したいことがございます。放課後にお時間はございますか?」
「今日は帰宅部が休みの日だから大丈夫だよ」
「ではよろしくお願いします」
ゆうみの「帰宅部が休み」って表現キモいんだけど、と言いたげな視線を受け流しながら、僕は安堵の息を吐き出した。
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