海難
海を見るたびに思い出すことがある。
それはある年の夏休みに友達たちと泊りがけで海水浴へ行った時のことだ。その時は海沿いのホテルに泊まることに決めていたのだが、チェックインをした際になぜが「今夜は決して海に面した窓を開かないでください」と唐突に告げられた。
不思議に思ったが、特に気になることでもないように思えたため、それを聞き流してそのまま部屋に進むと海に面した窓からは一面に海岸が見えていた。
海水浴を楽しんだ後、日が沈んでから部屋に戻ると窓のカーテンが閉じられていた。
食事を済ませて部屋でくつろぎながら酒を飲んでいると、友達の一人が、「しかしなんで窓を開けたらいけないんだろうな?」といってカーテンを一気に開いた。
すると窓の外に見える海岸では、ポツ、ポツ、ポツ、ポツと波打ち際に幾つかの黒い人影のようなものが現れるのが見えた。
それらは砂浜のある地点までまっすぐ進み、やがて一箇所にとどまったかと思えば、後から来た新たな人影がその上へ上へと登り始めて、それが繰り返されることでひとつの大きな塊となり、結果として海岸には今いる建物の窓の高さよりも高い巨大な一個の人影のようなもの出来た。
そしてそれは、ゆらゆらと堤防の方向、つまりは私達のいるホテルの方へと進み始めた。
近づくにつれて徐々に大きくなる人影の大きな顔の輪郭が、こちらを覗いたかと思えば、そこから腕を伸ばしてきた。巨大な手が窓の外に見えて、ビリビリと音を立ててガラスが揺れ始めた。
幻覚でも見ているのかという心持でその様子を眺めていると、どうしたわけか、先ほどカーテンを開けた一人が、操られるように窓の鍵に手を掛けて窓を開けようとし始めた。
「おい、やめろって、窓開けるなって言われただろ!」
「やばいって」
「やめとけ」
そうした周りの制止を聞かずに、窓が開け放たれると、窓から黒い大きな指が入ってきて、それが友達の体を貫いた。そこからゆっくりと指が抜かれると、それに引っ付く形で、友達の体から先ほど見たのと同じような黒い人影が抜けていくのが見えた。
自分たちが、呆然と窓の外に指が引いていくのを見ていると、バタンいう音を立てて友達はその場に倒れてしまった。それを見て正気に戻った自分たちは、窓を閉めて、ホテルのフロントに連絡をした。
「窓を開けてしまわれたのですね」と従業員が険しい顔をして部屋にやってきた。
そこから救急車と警察がやってきたが、結果として友達は助からなかった。ショック死として処理されたということを翌日になって聞かされた。
あれが一体何なのかについては、ホテルの人や現地の人に聞いて回ったが、皆一様に口を閉ざして、回答が得られることはなかった。ただ、どうして友達は窓を開けてしまったのか、またどうしてそれを力ずくでも止められなかったのかという後悔が、いまだに心の中にしこりのように残っている。
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