第37話
レギオン様の宇宙船はものすごく広いです。私達のコロニーの様に市が丸ごとひとつ…とはいきませんが、それでも町ひとつほどはあります。
何故ここまで大きくする必要があるのかと聞けば、後から拡張する際に困らないからと。ですがその後すぐに、それは建前だと教えてくださりました。
『ジンベイザメはハイドラ以上に大きくあるものだ。実際は俺の方が何倍も大きいのだが、子どもの幻想というものだ』
幻想を形にしたかったでしょう。それを技術で叶えるその姿勢は尊敬します。
「…美味しい」
先ほども飲んだ紅茶ですが、場所によって味の感じ方に変化があるということでしょうか。
「…気に入ってくれたか?」
「はい…!」
◆
「着いたぞ」
「ここは…!!」
私達アンドロイドの故郷…!
「驚いたか?」
「はい。とても…!」
「…ふふっ。サプライズ成功だな」
レギオン様…そんなに優しい顔で笑うのですね。
「ここから先、何をするかは君が決めろ」
「…いいのですか?」
「当たり前だろ。そのための寄り道だからな」
「ありがとうございます。それなら、まずはお母様の元へ行きます。一緒に来てくださいませんか?」
「……俺とか? だがわかった。目立たないようにしよう」
私の中で浮かび上がる疑問。どうやってその巨体を目立たないようにするのでしょうか?
その答えは驚くものでありつつも、納得のいくものでした。
「……よし。ここ最近、人の姿になることが多いな」
考えてみれば当然の事。妹であるドルフィン様が普段から人の姿でいるということは、兄である…いえ、同じハイドラであるレギオン様も…ですね。
「……」
「…どこか変か?」
「あ、いえ……ただ、想像以上でしたので少し驚いてしまいました」
黒い服装と非常に良く合っていて、思わず息を呑む容姿。緑色の髪はドルフィン様よりも濃い。目を合わせているのが難しいですね。
……尻尾?
「気になるか?」
「はい」
「…正直だな。歩きながら話そう」
「案内いたします」
◆
「尻尾すらも武器になるのですね。感覚的にはワイヤーブレイドの様なものでしょうか?」
「ワイヤーブレイド……いや、腕の方が近いな」
「なるほど。…ここです」
研究所? てっきり、墓場にいると思っていたのだが。……いや、この建物であることに何かしらの意味があるのだろう。周りの建物に比べて、形が残っている。
線香の匂い。人々が過去へと想う思念。
「入りましょう」
隠せていないぞ、その動揺。だが無理もない。ここに来るまでにも、何度か足が止まる場面があった。
叶わなかった理想。受け止めきれない現実。真面目な性格なのだろう。それら全てを呑み込む必要はないというのに。
今もそうだ。
「止まって休んでもいいんだぞ?」
「…いえ、止まってなどいられません」
やはりというべきか、ヤヨイは奥へと進む。光はなく、足音が響く廊下を真っ直ぐ。
罅の入った壁や床、割れた硝子窓。昔はこうではなかったはずだ。
道を知らない俺は、ただヤヨイの後をついて行く。…歩くペースが早い。亡くなった母親という事実を理解しているからこそ、この速度で進むのだろう。
受け入れて進む、か。やはり強い。
暫く歩き、ある一つの部屋の前で止まった。
「レギオン様」
「なんだ?」
「線香は…持っていますか?」
「……これでいいか?」
とりあえず、八本。素人である俺が今作ったものになるが。
「レギオン様は、私がこうすることを予想していたのですか?」
『こうする』というのは、お墓参りの事だろう。
「予想はしていた」
「ありがとうございます」
「…俺は外で待った方がいいか?」
「いえ、お母様に会ってくれませんか?」
「……いいのか?」
「恩人ですから」
会ったことすらない竜を自分の親に会わせると? それでいいのだろうか? だが、そこまで踏まえた上で言っているのなら、断るわけにはいかない。
「わかった」
「ありがとうございます」
─ギィィ…!
錆び付いたスライド式のドアを開ける。
…小さな墓石が一つだけおいてある。見ただけで…いや、見るまでもなく大事にされていたのがわかる。美しい。
「─ただいま。お母様」
君は、そんなに優しく笑えるのだな。
「この方は私達の恩人…いえ、恩竜でしょうか?」
「…ふっ。それでいい。初めまして。レギオン・エースター・ファフニルだ。訳あって共に行動している」
その訳を話すとなると、時間が掛かるんだ。悪いが省略させてもらう。
「……不思議です。話したい事は沢山あるのに、何から話せばいいのか分からないんです」
「……それには共感できる」
「レギオン様もこういった経験が?」
「あぁ。特に家族と話す時は、な」
フィーには聞きたい事が多いが、それ以上に話したいことの方が多い。
一方的に話していたらフィーがいつの間にか寝ていた、なんてことは昔何度かあった。
「家族……。レギオン様なら、久しぶりに会った母親とどのような会話をするのですか?」
「参考になるか分からないが……近況報告をした後に、一番伝えたいことを話す」
「一番伝えたいこと……」
さぁ、君は何を伝えたい?
「お母様、私……友達ができました!」
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