第37話

 

レギオン様の宇宙船はものすごく広いです。私達のコロニーの様に市が丸ごとひとつ…とはいきませんが、それでも町ひとつほどはあります。


何故ここまで大きくする必要があるのかと聞けば、後から拡張する際に困らないからと。ですがその後すぐに、それは建前だと教えてくださりました。


『ジンベイザメはハイドラ以上に大きくあるものだ。実際は俺の方が何倍も大きいのだが、子どもの幻想というものだ』


幻想を形にしたかったでしょう。それを技術で叶えるその姿勢は尊敬します。


「…美味しい」


先ほども飲んだ紅茶ですが、場所によって味の感じ方に変化があるということでしょうか。


「…気に入ってくれたか?」

「はい…!」



「着いたぞ」

「ここは…!!」


私達アンドロイドの故郷…!


「驚いたか?」

「はい。とても…!」

「…ふふっ。サプライズ成功だな」


レギオン様…そんなに優しい顔で笑うのですね。


「ここから先、何をするかは君が決めろ」

「…いいのですか?」

「当たり前だろ。そのための寄り道だからな」

「ありがとうございます。それなら、まずはお母様の元へ行きます。一緒に来てくださいませんか?」

「……俺とか? だがわかった。目立たないようにしよう」


私の中で浮かび上がる疑問。どうやってその巨体を目立たないようにするのでしょうか?


その答えは驚くものでありつつも、納得のいくものでした。


「……よし。ここ最近、人の姿になることが多いな」


考えてみれば当然の事。妹であるドルフィン様が普段から人の姿でいるということは、兄である…いえ、同じハイドラであるレギオン様も…ですね。


「……」

「…どこか変か?」

「あ、いえ……ただ、想像以上でしたので少し驚いてしまいました」


黒い服装と非常に良く合っていて、思わず息を呑む容姿。緑色の髪はドルフィン様よりも濃い。目を合わせているのが難しいですね。


……尻尾?


「気になるか?」

「はい」

「…正直だな。歩きながら話そう」

「案内いたします」



「尻尾すらも武器になるのですね。感覚的にはワイヤーブレイドの様なものでしょうか?」

「ワイヤーブレイド……いや、腕の方が近いな」

「なるほど。…ここです」


研究所? てっきり、墓場にいると思っていたのだが。……いや、この建物であることに何かしらの意味があるのだろう。周りの建物に比べて、形が残っている。


線香の匂い。人々が過去へと想う思念。


「入りましょう」


隠せていないぞ、その動揺。だが無理もない。ここに来るまでにも、何度か足が止まる場面があった。


叶わなかった理想。受け止めきれない現実。真面目な性格なのだろう。それら全てを呑み込む必要はないというのに。


今もそうだ。


「止まって休んでもいいんだぞ?」

「…いえ、止まってなどいられません」


やはりというべきか、ヤヨイは奥へと進む。光はなく、足音が響く廊下を真っ直ぐ。


罅の入った壁や床、割れた硝子窓。昔はこうではなかったはずだ。


道を知らない俺は、ただヤヨイの後をついて行く。…歩くペースが早い。亡くなった母親という事実を理解しているからこそ、この速度で進むのだろう。


受け入れて進む、か。やはり強い。


暫く歩き、ある一つの部屋の前で止まった。


「レギオン様」

「なんだ?」

「線香は…持っていますか?」

「……これでいいか?」


とりあえず、八本。素人である俺が今作ったものになるが。


「レギオン様は、私がこうすることを予想していたのですか?」


『こうする』というのは、お墓参りの事だろう。


「予想はしていた」

「ありがとうございます」

「…俺は外で待った方がいいか?」

「いえ、お母様に会ってくれませんか?」

「……いいのか?」

「恩人ですから」


会ったことすらない竜を自分の親に会わせると? それでいいのだろうか? だが、そこまで踏まえた上で言っているのなら、断るわけにはいかない。


「わかった」

「ありがとうございます」


─ギィィ…!


錆び付いたスライド式のドアを開ける。


…小さな墓石が一つだけおいてある。見ただけで…いや、見るまでもなく大事にされていたのがわかる。美しい。


「─ただいま。お母様」


君は、そんなに優しく笑えるのだな。


「この方は私達の恩人…いえ、恩竜でしょうか?」

「…ふっ。それでいい。初めまして。レギオン・エースター・ファフニルだ。訳あって共に行動している」


その訳を話すとなると、時間が掛かるんだ。悪いが省略させてもらう。


「……不思議です。話したい事は沢山あるのに、何から話せばいいのか分からないんです」

「……それには共感できる」

「レギオン様もこういった経験が?」

「あぁ。特に家族と話す時は、な」


フィーには聞きたい事が多いが、それ以上に話したいことの方が多い。


一方的に話していたらフィーがいつの間にか寝ていた、なんてことは昔何度かあった。


「家族……。レギオン様なら、久しぶりに会った母親とどのような会話をするのですか?」

「参考になるか分からないが……近況報告をした後に、一番伝えたいことを話す」

「一番伝えたいこと……」


さぁ、君は何を伝えたい?


「お母様、私……友達ができました!」

 

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