夏の冒険
羽入 満月
ひと夏の冒険
「こんなヒナびた田舎、絶対に出てってやる!!」
オレは、入道雲がもくもくと沸き立つ空に向かって拳を突き上げた。
「なぁ、ケンちゃん。出てくったってどうすんだよ」
「そそ、そうだよ。五時までには帰ってこいって言われてるでしょ。約束やぶると母ちゃんにしかられるよぅ」
いつも一緒に遊んでいるマナブとリョウタがコウギの声をあげた。
「だってさ、こんな田舎じゃ、遊ぶっていったら、川にいくか森で虫捕りするぐらいだぞ?しかも、危ないから川は流れのゆっくりな所とか森も奥にいっちゃダメって言われるだろ?」
「当たり前だよ。危ないことして怪我したらいたいよ!」
「そんなスリスリとサスペンダーのないの、つまんないじゃん!」
「ケンちゃん、それをいうならスリルとサスペンスだよ」
「そうそう、それ!と・に・か・く。せっかくの夏休みなんだからなんか『ひと夏の冒険』みたいなことがしたいわけ!!」
「だからって、急に俺達だけでどこかに行くのはさすがに不味いよ。世間一般では、小学生だけで電車に乗って他の街に行くなんて、大騒ぎの結末しかないよ」
「くっそー!!オレはとにかく、冒険がしたいんだ!!」
優しくて気の弱いリョウタが反論するのはオリコミ済みだったが、オレたちのなかで一番頭のいいマナブがいうんだから、やめといた方がいいことはオリガミつきだ。
「くぅ」
唸りながら駄菓子屋で買ったソースカツに噛みつく。
「そーいえば、なのねーちゃんがいってたんだけどさ、学校から奥に続く道をずっといくと途中で分かれ道になってるでしょ?」
「おぅ。山に向かってく道だろ」
「あの先にトンネルがあるでしょ?」
「あー、あの昼間でも先が全く見えない、陰気くさいトンネルな」
「そうそう。そのトンネルを通った後にまた分かれ道があるんだって。その道の片方を進むと駅があるんだって」
「「駅?」」
「駅は、そっちじゃないだろ?商店街のあるほうだ」
「廃駅か?」
「そうそれ!!もう使われてない駅があるんだって」
「へー、使われてない駅か。面白そうだな」
リョウタの話を聞いて、オレは持っていたソースカツの残りを口のなかに放り込み、噛み砕いて飲み込む。
そして二人にテイアンする。
「なぁ、今からそこを見に行かないか?」
とりあえず、一回解散して家に必要なものをとりにいくことになった。
昼御飯を食べて、一時に小学校前に集合の約束をしたのだ。
ワクワクする気持ちを押さえながら、考える。
冒険にいるものってなんだろう。
まずは、懐中電灯だろ。あとは、非常食か。飲み物もいるよな。
オレは、部屋に戻るなり早速荷物を纏める。
小さめなリュックサックに懐中電灯、ペットボトルの緑茶、カンパンを入れる。
お昼ごはんの肩も腰もないスパゲッティをかっ込む。
「あんたは……もうちょっと落ち着いて食べれないの?」
「むもも、むんんむんぐ」
「飲み込んでからしゃべりなさい!!」
母に思い切り頭を叩かれる。
「んぐ!!なにすんだ!」
「で!!なんだって?」
「だーかーらー、一時集合で急いでんの!」
「まだ時間ならあるじゃない」
「早く遊びにいきたいの!!」
「よく噛んで食べないと大きくなれないわよ」
「ふん。牛乳飲んでるから大丈夫だい!」
牛乳にゼツダイなシンライをよせているのだ。
「兄ちゃん、僕も一緒に遊びにいっていい?」
となりに座っていた弟の
「だめ。お前はまだ小さいからな」
「僕だって小学一年生だよ」
「一年なんてまだまだ子どもだよ」
「こら!お兄ちゃんでしょ。弟をいじめるんじゃありません」
母にグチグチと言われる気配を感じて、急いで残りのスパゲッティをお茶で流し込む。
「ごちそうさまでしたっ」
急いで部屋に用意したリュックを取りに戻り、お気に入りのキャップ被る。
そして、玄関ではき慣れたスニーカーに足を入れる。
「いってきまーす」
ジリジリと照り付ける太陽のなか、オレは学校へ向かって走った。
「おまたせー」
「おせーぞ」
一番最後に来たのは、リョウタだった。
リョウタは、オレの持っているリュックより大きなものを背負っていた。
「荷物多くない?」
「だだだだって、なにが起こるか分かんないじゃん。怪我した時用の救急セットとか雨が降ってきたとき用に折り畳み傘とか。あと、なのねーちゃんに書いてもらった地図」
「いる?」
「地図以外、要らない気がする」
「じゃあ、ケンちゃんは、なに持ってきたわけ?」
「オレ?オレは、懐中電灯だろー、非常食とー、あと飲み物」
「へー!冒険っぽい!!」
「そんなことより、早く行こうよ。話してたら夜になっちゃうよ」
それもそうだと、三人でまずはトンネルに向かって歩きだす。
なのねーちゃんの書いた地図は、ざっくりとし過ぎていた。
学校から線が延びていて二股。
左にトンネルなのだろう、マルが書かれていたところに続いている。
トンネルを過ぎるとまた二股。
そして右の線を辿ると丸っこい字で「えき」と書かれていた。
「本当に大丈夫か?」
「うーん。なのねーちゃんは、勘で生きているところがあるからなぁ」
「おっ。トンネルが見えてきたぞ!」
地図なしでもたどり着いたトンネルの前に立つ。
ひゅぉー。
風を吸い込んでいるかのようにトンネルのなかに向かって風が吹いている。
「いっ、行こうぜっ」
「ままままってよ。真っ暗だよ」
「大丈夫だって。昼間っから幽霊なんて出ねーよ」
オレとリョウタがアワアワと言い合っていると、急に横らかまぶしい光が。
「わっ、まぶしっ」
「懐中電灯」
「あっ!」
マナブがいつの間にか取り出した細身な懐中電灯をみて、自分も懐中電灯を持ってきたことを思い出した。
リュックから懐中電灯を取り出して、スイッチを入れる。
「でかいね。さすが!」
オレの持ってきたやつは、電池もでかいが図体もでかいやつだ。
トンネルのなかを照らすと、雨も降っていないのに地面が濡れていた。
「たぶん、山の水が染み出てきてんだよ」
マナブの話を聞きながら、懐中電灯片手に三人で引っ付きながら進んでいく。
トンネルのなかは、外の暑さが嘘の用にひんやりしていた。
ぴちょん、ぴちょんと落ちる雨粒の音を聞きながら進んでいくと、明るい出口が見えてきた。
出口が見えて、だんだん足が早くなる。
最後には小走りでトンネルを出ると、入り口側とは風景がまるっきり違っていた。
ウッソウとした森のような印象だった。
しかし、とりあえず足元の道は続いていた。
「……進むか」
「おう」
「えー、もう帰ろうよぉ」
弱きな発言をするリョウタを引き摺るようにして進んでいく。
「ここだな」
二股道は、あった。
しかし、今から進もうとしている方は、草木が覆い繁っていた。
それでもなんとか掻き分けながら進んでいくと、急に目の前に建物が現れた。
それは、小さな駅のホームだった。
少し高くなったところに錆びたベンチがひとつ、昔は屋根がついていただろう柱だけが立っていた。
「駅だ……」
「ホントにあったんだ」
「何駅なんだろう?」
最初はボウゼンと眺めていたが、その後はまるで宝物で見つけたかのようにダイコウフンだった。
「あった!」
「すげー!!」
「ホンモノだ!!」
しばらく三人で駅の廻りを探索したり、駅の看板や時刻表を探したりしたが何も見つからなかった。
「なんにもねぇな」
「拍子抜けだね」
「まっ、毎回お宝が見つかる訳じゃないからな。ここを見つけたってだけで、成果があったんだよ!ほら、飲み物出せよ。カンパイしようぜ」
鞄から各々飲み物を取り出してカンパイする。
「「「カンパーイ」」」
「もぅし」
突然の声にびっくりして三人で振り返る。
そこにはみすぼらしい服をきた薄汚れたじいさんがいた。
「うぉ。びっくりした。じいさんなんだよ」
「おじいさんも探検?」
驚きはしたが、別に立ち入り禁止されている場所ではないので、気軽にじいさんに話しかける。
「もぅし。おまいさんらは、なぜここにおられるのじゃ?」
「は?」
変な言い回しでしゃがれた声で話すので、いまいち聞き取りづらく聞き返してしまう。
「お前らはなんでここにいるのかって言ってるんじゃない?」
「あぁ、そういうこと。冒険。探検だよ」
「そうかそうか。で、おまいさんらは、何をしにここにきたんじゃ?」
「だから、探検!た!ん!け!ん!」
「ほうほう。で、おまいさんらは、何をしにここにきたんじゃ?」
「はあ?全然話が進まないぃぃぃ」
「これ、あれに似てるな」
「あれって?」
「ほら、ゲームとかでさ。決まった台詞を返さないと次の台詞を言わない人っているだろ。アタリの台詞を返さないと話が進まないんだよ」
「なるほど!!じゃあさ、駅だから、『電車を待ってるんです』とか?」
リョウタの『待ってる』を聞いた瞬間じいさんがゆっくりとオレたちの顔を見回す。
「なるほど、なるほど。しかし、お若いのにオミオクリ列車を待っているなんて、難儀じゃのう」
「おっ会話が……って。オミオクリ列車?」
「ケンちゃん、たぶん『お見送り』列車だと思うよ」
「何を見送るんだ?」
「さぁ?」
なんだか、よく分からないじいさんだなぁ、なんて思っていると、「カァーー」と大きな声でカラスがないた。
はっ、と顔を上げると日がたいぶ傾いていることに気がついた。
「やべぇ、早く帰らないと!」
「ほれ、もうすぐ列車が来るぞ」
帰ろうというオレたちのことはお構いなしにじいさんがうれしそうに声をかけてくる。
遠くから、電車が走ってくる音が聞こえてくる。
「なんか、やばくね?」
「ねねねぇ、これ、みて」
ガクブルと震えながら、リョウタが地図を広げている。
マナブと顔を見合わせながら、リョウタの手元を覗き込む。
なのねーちゃんの書いた地図の紙の裏のしたの方に小さな字で、「もし、おじいさんにあったら返事をせずに、全力で逃げること」と書いてあった。
すぐにやばいと思って、二人の背中をバシッと叩いて走り出す。
「走れっ」
二人がオレに続いて走り出す。
後ろでじいさんが「ホレホレ、列車がきたぞ!」「ひっひっひっ」「どこに行くんじゃ」「戻ってこーい」「おーい」とオレたちを呼び続けていた。
なんだかよく分からない恐怖で走り続ける。
ずっとじいさんの「おーい」と呼ぶ声が聞こえていて、まるでぴったり後ろにじいさんがついてきているんじゃないかと思うほどだった。
しかし、振り返る勇気もなく、行きは暗くて怖かったトンネルもあっという間に走り抜けていた。
トンネルを抜けるともう辺りは薄暗くなっていた。
とにかく早く誰かに会いたくて、学校の隣にある、きみ子ばあちゃん家に駆け込んだ。
最初は驚いていたばあちゃんだったが、今起こったことを説明すると、小さい声で「そうか」というと黙り込んでしまった。
どうにか頼み込んで、教えてもらうことができた。
「この村には、墓場がないのは知ってるね?」
そういわれて気がついた。
墓参りにいくとなれば、車で隣町まで出掛けている。
「昔、ここに住んでいた偉いお坊さんがな、『この土地は、あまり良くない。墓など作ったらすぐ汚れる』といっていたらしい。
で、隣町に墓を作ったんだが、死んだ人を運ぶのが大変になった。昔は、自動車なんかなかったからな。そこで列車が開通したときに誰かが思い付いた。『列車で運べばいい』と。
その案は採用され、誰が死ぬと「見送り列車」に乗せて、隣まちまで運んでいたのだ。そしてその見送り列車を管理していたのがあんたたちがあったって言うじいさんさ」
「でもさ、もう廃線なんだろ?あのじいさんは、あそこでなにしてたんだ?」
「もう、あそこの駅は、70年も前に使われなくなっているさね。じいさんも使われなくなった翌年になくなってるよ」
「「「えっ」」」
「でも、自分の仕事は、きっちり行う真面目な人だったらしいからね。まだ仕事をしているんじゃないのかね」
そういってばあさんは、懐かしそうな顔をしてお茶を一口飲んだのだった。
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