第9話「模擬戦闘」
三郎丸たちが異世界に召喚されてから十日が経過した。
「そろそろ皆さん同士で模擬戦闘をはじめてもよいかもしれませんね」
朝食をみんな(四人ほどいない)でとったあと、お茶を飲みながらオリビアが言った。
ざわめきが起こり、日本人たちは近くの同級生と視線をかわす。
三郎丸と目が合ったのは前に座る綱島と竜王寺のふたりだ。
「いいんですか?」
オリビアに聞き返したのは光谷である。
彼はこちらの世界でもクラスのリーダー的ポジションになりつつあった。
「ええ。知人同士で切磋琢磨していただくと、成長が早まる場合もあります」
オリビアはうなずいて説明したあと、一瞬何かを考え込む。
「それと気になる情報がひとつ入ってきました。隣国、ガルガス皇国でも異世界召喚の儀式がおこなわれたそうです」
結局伝えることを選んだ彼女の発言に、先ほどよりずっと大きいざわめきが起こる。
気のせいか、神官や騎士の空気がすこし重い。
「そ、それはどういうことになるんでしょう?」
尾藤が代表するように問いかけた。
「ガルガス皇国の意図がどこにあるか、ですね。魔の軍勢への対抗手段を欲しただけ、の可能性はもちろんあります」
言外にもっと違う狙いがあるかもしれない、とオリビアは話す。
「いずれにせよ、皆さんは実力を伸ばすことに集中していただきましょう」
彼女の表情はいつも通りに戻っていた。
「ガルガスってどんな国なんだろうね?」
三郎丸は綱島に話しかけられたので、
「どこにあるかもわかんないよね」
と答える。
事実、この世界の地理、歴史、物価など彼らはまだ教わってない。
「皆さんにそのあたり話す時間を作りたいですね。さすがに何も知らない方を見送るわけにはいきません」
オリビアの表情から葛藤が読み取れる。
「俺たちが頑張って強くなったら時間はとれますよね」
光谷がさわやかなスマイルを浮かべて、彼女に話しかけた。
「それはそうですが……いえ、皆さんを信じましょう」
オリビアの微笑に三郎丸以外の男子は見とれる。
「上手いね」
本郷がぼそっとつぶやいた一言は、三郎丸にしか聞こえなかった。
「三郎丸、すこしいいかな?」
みんなが外に出たタイミングで三郎丸に光谷が声をかけてくる。
珍しいどころか初めてだなと思いつつ三郎丸は応じた。
「どうかした?」
「模擬戦闘、俺とやってくれないか」
「えっ」
予期してなかった申し込みに三郎丸は硬直する。
「男子で一番上達してるのはたぶん俺たちだろ?」
「それはたしかに……」
光谷の言葉に彼はうなずいた。
有力そうだった足立はこの聖堂から排除されたまま姿が見えないので、現状どうなっているのか彼らにはわからない。
自分と光谷を見る男子がニヤニヤしているが、三郎丸には理由が思いつかなかった。
「ヨーヘイさんが模擬戦闘を?」
彼らのところにやってきたオリビアが確認する。
光谷が理由をもう一度説明すると、彼女はうなずいた。
「殿方同士というのもあるかもしれませんね」
オリビアが納得したことで話はまとまり、ふたりをクラスメートたちが遠くから囲む。
「どっちが勝つのかな?」
「光谷くんでしょ」
「陰キャが勝てるわけないだろ」
二十四人の生徒のうち二十一人が光谷の勝利を予想する。
光谷ファンの女子はもちろん、光谷をあまり好いてない男子もだ。
「マヤたちは違うの?」
近くにいた女子がふしぎそうに、三郎丸を支持した竜王寺、本郷、綱島の三人の顔を順番に見る。
「ウチらは三郎丸とトレーニングしてて、光谷を見てないからね」
と綱島が三人を代表して返事した。
お前らは三郎丸のことを見てないだろうと暗に言ったのだと、気づいた者はいなかった。
「先生はどう思いますか?」
「わ、わからないわよ」
本郷に問いかけられた尾藤は答えを避ける。
そんな状況でも三郎丸は落ち着いていた。
味方が三人もいたことが意外に思ったほどである。
「模擬戦闘だけど、槍を使ってもいい?」
光谷は三郎丸に問いかけた。
「いいでしょうし、ヨーヘイさんも魔法を使ってください。大ケガくらいなら、わたくしどもで治癒できますから、ご安心ください」
彼の代わりにオリビアが答える。
彼女が審判役を務めるようで、物騒な許可を出す。
三郎丸と光谷は目視で四メートルほどの距離をとる。
光谷は槍も魔法も使うので、不利な距離とは言えない。
「でははじめ!」
オリビアの可愛らしい宣告と同時に、光谷は地面を蹴る。
一気に距離を詰めた突きで勝負を終わらせるつもりだ。
「雷よ、荒ぶる力を示せ【トネール】」
三郎丸の下級呪文は完成して、光谷の膝に雷撃がヒットする。
「ぐわぁあ……」
光谷の表情が苦痛にゆがみ、突進はあっさり止まった。
「雷よ、荒ぶる力を示せ【トネール】」
そこに三郎丸は下級呪文で追撃を仕掛け、今度は光谷の全身を雷撃が包む。
光谷はその場に崩れ落ち、
「そこまで! ヨーヘイさんの勝利とします」
オリビアが三郎丸の勝利を告げる。
「やっぱりね」
「あいつがんばってたもんね」
竜王寺、綱島、本郷は当然という表情だ。
「そ、そんな、バカな」
「光谷くんがあんなに簡単に……」
「三郎丸って実はめっちゃ強くなってる?」
反対に光谷の勝利を信じて疑ってなかった生徒たちはみんな呆然としている。
「詠唱がある分、呪文使いは戦士に対して不利と思われがちですが、実は違います。
練り上げられた呪文使いは、一手先をとることが可能でしょう」
とオリビアが彼らに向けて説明した。
槍使いとしての行動を選んだ光谷のミスを指摘している、と一同は感じる。
「くっ……三郎丸、強いな。完敗だよ」
光谷は槍で体を支えて、ふらつきながら立ち上がって自分の負けを認めた。
「いや、光谷の突進も迫力があったよ」
「フォロー、サンキュ」
光谷は苦笑して受け入れる。
「ほかに模擬戦闘をしたい方はいますか?」
オリビアが問いかけると、男子たちが手を挙げたので順番にやっていく。
生徒は見て学ぼうとしていくが、緊張感がだんだんうすれていった。
「……三郎丸と光谷が一番レベル高くない?」
三郎丸の隣で竜王寺がつぶやく。
「ど、どうかな」
三郎丸は言及を避けたが、想定していたよりみんなの動きはよくない。
みんなの進捗がはかどったのではなく、ガス抜きのためにオリビアは許可したのかも、と彼は思う。
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