第8話「昼休み」
「当たり前かもだけど、全然かなわないね」
昼休憩になったところで、本郷が実践的練習を総括した。
「オリビア様たち、みんな強い。というか上手い」
と三郎丸も感想をこぼす。
「皆さんはすばらしいですけど、さすがに昨日今日練習をはじめた方に負けるわけにもいきませんので」
オリビアたちは微笑む。
「まあそうですよね」
と三郎丸は言う。
昼休憩はグループごと自由なので、食堂内には彼らしかいなかった。
「みんなまだ練習してんのかね?」
と綱島が首をかしげる。
「このグループが一番順調みたいだからね」
と本郷が答えた。
「休めるときに休めばいいのに」
と竜王寺は余裕ぶる。
命が懸かってるから、と三郎丸は思ったが言わなかった。
「こっちの世界にもサンドイッチがあるんだね~」
綱島が神官見習いの少女が持ってきてくれた料理を見て感心する。
「マヨネーズもあるんだよね」
と三郎丸も驚きを隠せない。
「むかし召喚された方によって広まったと聞いております」
答えたオリビアは自分の皿を持ってきて三郎丸の前に座る。
「それじゃあわたしたちの世界の知識を広めてお金をいただくのは無理そうですね」
と本郷が言った。
「そう? まだ何かあるんじゃない?」
彼女の隣に座る竜王寺が首をかしげる。
「あるけど、わたしたちが作り方がわかって、この世界で再現できるものがあるとはかぎらないよ」
「なるほど、そりゃそうか」
説明された竜王寺は納得して引き下がった。
「知識をわけていただけるならありがたいのですが、簡単なことではないですよね」
オリビアは彼女たちのリアクションを予想していたのか、すこしも残念そうではない。
「いいのですか? 異世界の知識が広まったら混乱が起こるのでは?」
と本郷がふしぎそうに問いかける。
「それはこちらの者の発明でも同じですよ。画期的なアイデアが受け入れられるまで時間はかかるものです」
オリビアは微笑んで応じた。
「そりゃそう」
日本の高校生たちには納得しやすい答えだった。
「オリビア様だから理解あるだけかも」
三郎丸はぼそっと言うと、右隣に座っていた綱島がうなずく。
「ありえるかもー。ウチらのこと理解ある人としか会ってないもんね」
「あえて否定はしません」
三郎丸の懸念に対してオリビアは言う。
安易なことを言わない彼女の姿勢には好感が持てる、と三郎丸は思った。
食事を終えたころ、にぎやかな話し声が食堂に近づいてくる。
ほかのグループも昼休憩に入るのだろう。
入ってきたのは光谷と騎士たちだった。
光谷はまっすぐにオリビアたちのそばにやってくる。
三郎丸たち四人に手をふるが、女子たちの反応はとても淡白だった。
三郎丸が目礼を返すと光谷は苦笑いを浮かべ、オリビアに話しかける。
「オリビア様、ひとつお願いがあるのですけど」
「何でしょう?」
返事をしたオリビアはすまし顔になっていた。
「俺たちも実践をはじめたので、ひとつ彼らと手合わせをしてみたいのです」
「あなたがた同士だとケガする可能性が高いので、許可できません」
光谷の甘い笑顔を浮かべたお願いを、オリビアは一蹴する。
光谷に対して冷淡な女性は珍しいと三郎丸は思う。
もっとも彼の近くにいる女子三人も、アイシャとリリーも、光谷に好意的というわけではなさそうだが。
「そうですか……わかりました」
光谷は残念そうだったが、素直に引き下がる。
オリビア相手に粘っても無駄だろうというのは、三郎丸も共感できた。
光谷が離れていくタイミングで竜王寺が、
「何で仲間同士でバトルしたがるかな?」
と疑問を浮かべる。
「より多くの相手と経験を積むという観点は間違ってませんが」
オリビアは光谷の考えに一定の理解を示す。
「戦うなら魔の軍勢? とかのほうがいいのでは……」
三郎丸は遠慮がちに意見を口にする。
「わたくしたちの心情としてはそうですね」
とオリビアは彼に同意した。
「そりゃ化物と戦う力を手にしようとしてるんだしねぇ」
と綱島が言い、本郷もうなずく。
同級生と戦う意味はないと女子たちは考えているらしい、と三郎丸は推測する。
「魔の軍勢とかとの戦闘はまだやらないのですか?」
三郎丸は聞いてみた。
オリビアはすこし困った様子で、
「現状ですとヨーヘイさん以外は厳しいでしょう」
と答える。
「中級呪文は覚えないと厳しいのですね」
本郷はすぐにオリビアが言いたいことに感づく。
「ええ。弱いものは数が多く、強いものは中級呪文でも通用しづらい相手です」
オリビアの答えにはため息が混じっている。
「そうでもなければ、もっと拮抗した戦いになると思います」
アイシャが悔しそうに言う。
「劣勢なのには理由があるってことね。当たり前か」
竜王寺が舌打ちをする。
「わたしたちを育てる余裕はまだある。でも残された時間はそんなに多くない。こんな感じじゃないかな」
と本郷は予想を告げた。
「隠しごとができそうにないですね」
オリビアは苦笑をこぼす。
「あなたがたが魔の軍勢相手に参戦するころ、わたくしたちも前線へ赴くでしょう」
と彼女は言った。
「本来前線に行くべき戦力が、俺たちのために行ってないということなんでしょうね」
三郎丸の言葉に王女は首を縦に振る。
「さすがにあなたがたに何もしないわけにはいきませんので」
召喚した側としての責任感が彼女の言葉ににじむ。
「ま、あーしらがやられても困るんだろうね」
と竜王寺はケラケラ笑ったが、イヤミはない。
「困りますね」
オリビアは笑顔で即答する。
「というわけで、もうひとがんばりお願いします」
「りょーかい。ウチらだってまだ死にたくないかんね」
と綱島が別の種類の笑顔で応じた。
「それはそう」
三郎丸も賛成である。
「ヨーヘイさん以外も中級呪文を会得できれば、次の段階に進めるでしょう」
とオリビアは言った。
「理屈はわかるんだけど、いつになるんかなー」
と綱島はぼやく。
「やるしかないっしょ」
竜王寺は前向きな発言をし、彼女の肩を軽く叩いた。
三郎丸は励まそうか迷う。
イヤミに聞こえたらいやだな、と思ったので沈黙を選ぶ。
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