第6話「大浴場と部屋割り」

 過半数が食べ終えたタイミングでふたたびオリビアたちが姿を見せる。


「部屋について説明します。二階が女性用、男性用の部屋は別棟に用意してあります。女性はわたくしが案内しますが、男性は騎士について移動してください」


「あ、別の建物なんだ」


 オリビアの話を聞いて、女子たちからホッとした空気が生まれた。

 もし男子と同じ建物、同じ階だったら──という不安はあったのだろう。

  

 反対に男子たちの何人かは露骨にがっかりしている。

 女子たちがさっそく移動して、残された男子は騎士たちの案内で一度外に出た。


「別棟は一階が食堂と大浴場、鍛錬場、二階と三階が個室になっている」


「全員が個室をもらえるのですか?」


 説明している騎士に光谷が問いかける。


「ああ。こう言っては何だが、きみたちの人数はあまり多くないからね。ひとりずつ部屋を提供できるというわけだ」


 さすがに召喚した側が言うことじゃないな、と三郎丸は思う。

 言い方からして騎士たちに自覚はあるのだろうが。


 彼にとって意外だったのは血の気が多い足立が反発しなかったことである。


 先に大浴場の前に連れて行ってもらい、次に階段をのぼって部屋の前にやってきた。


「各自、好きな部屋を選んでくれ。どこも中身に違いはない」


「よっしゃ、俺からもらい!」


 足立が威勢よく駆け出し、階段の近くの部屋を抑える。

 次に光谷が選び、ほかの男子が選び、残った一番奥が三郎丸の部屋となった。


 騎士たちが階段を下りていくと、足立が叫ぶ。


「よっしゃー! 女風呂を覗きに行こうぜ!」


「えええ……」


 三郎丸を筆頭に大半の男子がドン引きする。


「いや、やめようよ」


 はっきりと反対したのは光谷ひとりだけだ。


「来たい奴だけ来いよ!」


 足立は三郎丸や光谷を無視して希望者を募る。

 手を挙げたのは三人で、合計四人が階段を下りていく。


「と、止めなくていいのかな?」


 と神代がおどおどと光谷に問いかける。


「僕は止めたし、君たちは同意しなかった。それで充分だろう」


 光谷はどこか突き放すような言い方をしたので、三郎丸はおやっと思う。


「ただ、念のため女子に連絡をしておくか」


 と光谷はスマホを取り出す。


「え、スマホって使えるのかい?」


 神代があわててたしかめる。

 

「Wi-Fi機能はさすがに使えないね」


「いや、これって電波が飛んでないと無理なんじゃなかったけ? 何で使えてんの?」


「さ、さあ?」


 男子たちの間で疑問が盛り上がっていく。

 三郎丸はぼっちなので同じクラスの仲間の連絡先をまったく知らない。


 やることがないと思って部屋に引っ込んでベッドの上にあおむけで寝転がる。


「思ったよりもやわらかい」


 意外に思いながら彼はそのまま寝てしまった。


 

「しまった……」


 翌日、三郎丸は急いで朝風呂に入って部屋の前まで戻ったところで、騎士がやってくる。


「諸君、おはよう。そろそろ朝食だから来てくれ」

 

「あ、はい」


 男子たちはすぐに部屋から出て集まり、騎士たちについて昨日と同じ食堂へと向かう。


 今日は制服ではなく、かわりに用意されていた白いジャージのような服を着ている。


 足立たちがいない、と三郎丸が気づいたのは建物を出たタイミングだった。


「あれって足立たちじゃないか?」


 男子のひとりが声をあげる。


 庭の一画にはりつけ台のようなものが四つ設置されていて、そこに縛られているのが覗きをしようとした足立たち四名だった。


「オリビア様から話があるだろう」


 騎士の言葉は淡々としていて、だからこそ三郎丸には不気味に聞こえる。

 食堂に三郎丸たちが入ったとき、すでに女子たちは揃っていた。


 彼女たちがこっちを見る目が冷たいのが気のせいだといいな、と三郎丸は思う。

 

「おはようございます」


 歩み寄ってくるオリビアは笑顔だった。

 昨日のような優しさが減少しているのは目の錯覚だといいな、と三郎丸は思う。


「庭の殿方ですが、女性にふらちな行動をしようとしたので、拘束して罰を与えております。何か異論はありますか?」


「いいえ」


 男子全員が同時に背筋を伸ばして返事をした。

 やわらかい口調と表情のはずなのに、逆らえない迫力がある。


 これが王女のすごみか、と三郎丸は感じた。

 

「彼らも期待の人材ではありますが、女性と同じ場所にというのは不適切だとわたくしは判断しております。異論はありますか?」


 というオリビアの問いかけに、男子たちは先ほどと同じ言動をくり返す。

 いま彼女に逆らってはいけないと、三郎丸の本能も告げている。


「彼らは別の場所に移したうえでトレーニングは続けてもらう。さすがに自衛手段まで取り上げるのは、こちらの立場としては考えづらいのでね」


 と男性騎士が苦々しい顔で言った。


「さすがにかばえないわ……」


 担任の尾藤も困った顔でつぶやく。

 

「クソヤローが四人しかいなかっただけまだマシじゃない?」


 と竜王寺が言う。


「マヤって前向きだねぇ。ま、たしかにそれで終わらせたほうがいいんだろうけどさ」


 と綱島が笑った。

 このふたりのおかげで冷たい空気が緩和され、三郎丸は内心ほっとする。


「そ、そうよ。光谷くんはとめたし、わたしたちに連絡もくれたんだから、足立くんたちと同類あつかいをしちゃダメよ」


 と尾藤が言うと、女子たちもうなずく。

 光谷を見てる女子が多いのは三郎丸の気のせいではないだろう。


「光谷のおかげで、僕らまで女子の信用を失わなくてすんだのかもね」


 と神代が光谷に感謝する。

 見事な機転だったのだなと三郎丸は感心した。


「光谷くんがいなかったら、誰が悪くないのかわかんなかったかもね」


 と女子たちが話し合っている。

 光谷ひとりの株が上がった形に一部男子たちが悔しそうだ。


「お話はここでいったん区切りましょう」


 オリビアが手を叩いて、昨日のような笑顔を見せる。


「本日は朝からトレーニングしていただきたいですからね」


「今日は朝からなのかあ……」


 一部の男女から悲観的な感情が漏れた。


「わたしたちの安全もかかってるんだし、文句は言えないんじゃない?」


「たしかにな」


 一方で前向きにとらえてる者たちもいる。

 三郎丸は後者だった。


 昨日は一番トレーニングがはかどった者だったからかもしれないが、今日もがんばろうという気持ちになっている。


 

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