第5話「初日終了」
日が西にかたむいて空が茜色に染まったのを見て、オリビアは一同に向き直る。
「本日のトレーニングはここまでとしましょう。お疲れさまでした」
と彼女は笑顔でねぎらった。
「疲れた……」
大きな声を出したのは綱島だが、三郎丸も同感である。
「このあと、わたしたちはどうすればいいのですか?」
本郷がオリビアに問いかけた。
「聖堂に戻って夕食、入浴をしていただきます。寝床もありますよ」
オリビアの返事に女子たちは顔を見合わせる。
「入浴ってお風呂あるんだ!」
「よかったぁー」
「疲れたし、汗を流さないと気持ち悪いもんね」
歩きながら盛り上がる女子たちのあとを進みながら、内心で三郎丸は共感した。
彼もできれば毎日風呂に入りたい派なのである。
「泊まる部屋ってどんなところなのかな」
「わたし枕が変わると寝れなくなるんだよね」
女子たちの会話はにぎやかだし、陰キャには入りづらいなと思いながら三郎丸は最後尾をひとりで歩く。
聖堂の前にはほかのグループたちも集まって来ていた。
「皆さまがそろいましたね」
一同を見回してオリビアが口を開く。
「夕食を終えたあと、皆さまには部屋にご案内いたしましょう。ひとまずはお疲れさまでした」
とたんに雑談がはじまってにぎやかになる。
「腹減ったなぁ」
「俺らって意外と神経が太いのかもしれないぞ」
「いきなり戦えって言われたらアレだけど、鍛えてもらえてるからな」
こちらの世界に召喚された直後のような、緊張と不安に満ちた硬さはかなりほぐれたようだった。
「あのう、すこしいいですか?」
オリビアや神官たちのあとについて建物の中に入ったタイミングで、尾藤がオリビアに話しかける。
「何でしょうか?」
オリビアはふり向かず廊下を歩きながら対応した。
尾藤は仕方ないと自分に言い聞かせながら質問をする。
「トレーニングってどの程度までしてもらえるのでしょうか?」
いい質問だと三郎丸は感心した。
国の状況がよくないなら、いつまでもこの待遇が続くはずがない。
彼は思いながらも自分では言えなかったことである。
「期限はしっかり決めてませんが、一週間で基本を学んでいただき、次の一週間で近隣に日帰りで出かけてこちらの世界に触れていただこうと考えております」
とオリビアは話す。
「一週間ですか」
早いのか短いのか、三郎丸にはよくわからない。
しかし、彼には気になったことがあったので口を開く。
「一週間って何日なんですか?」
相手がトレーニングでいっしょだったオリビアだったから彼にもできた。
「七日ですけど、どうかしましたか?」
オリビアは怪訝そうな声を出す。
「こっちでも一週間は七日なんですね」
三郎丸が答えより先に尾藤が安どの返事をする。
「ああ、そう言えば、暦や時間の食い違いまでは考えていませんでした。申し訳ありません」
オリビアがうかつだったと詫びた。
「いえいえ、よく気づいたわね、三郎丸くん」
「た、たまたまです」
担任の尾藤に褒められて三郎丸は照れて視線を泳がす。
「ヨーヘイさんは属性魔法を三つも会得しましたし、実はとてつもなくすごい方なのではないでしょうか」
とオリビアがすこし声をはずませて語る。
「えええ!? 三郎丸くん、魔法をこんなに早く覚えちゃったの!?」
尾藤がすっとんきょうな声を出したので、視線が彼らに集中した。
「食堂に着きましたよ」
オリビアが立ち止まって言ったのは、三郎丸には天の助けだと感じる。
彼女の近くにいるアイシャとリリーがふたりで青色のドアを開く。
「学食っぽいな」
と綱島がつぶやいた。
聖堂だからか内装は質素なのは、食堂も変わらない。
四人掛けの四角いテーブルとチープな椅子が設置されている。
三郎丸たちと同年代か、すこし下だと思われる少年少女たちが料理が盛りつけられた食器を並べていく。
「皆さま、ご自由にお座りください」
とオリビアが言ったので、生徒たちは仲良しグループに別れて腰を下ろす。
仲良しがいない三郎丸が困ってぼーっと立っていると、
「三郎丸、こっち来いよ」
なぜか綱島が彼を呼びに来たので、素直についていく。
綱島と同じテーブルなのは竜王寺と本郷である。
何だこの顔面偏差値の高い陽キャ席は、と三郎丸は内心で叫びながら、表面は何とかとりつくろう。
竜王寺と本郷のふたりは彼の予想に反して、目礼してきただけで何も言わない。
「ええ、何であの席に三郎丸が?」
「あいつじゃ釣り合いとれないだろ」
かわりに不満の声をこぼしたのは、おそらく狙っていた席を三郎丸に持っていかれた形になった男子たちである。
ただ、綱島たちに聞かれたくなかったのか、三郎丸に聞こえづらいほど小声だった。
「これはカレーかな?」
と本郷が並べられた料理を見て声を出す。
見覚えのある色と液体、匂いに三郎丸は黙ってうなずく。
「肉と野菜のカレーっぽいよね。ライスじゃなくてパンだけど」
と竜王寺が同意する。
添えられているのは白い米やナンではなく、ライ麦パンによく似たものだ。
「実はわが国が異世界召喚したのは初めてではなく、以前に召喚された方が伝えたものが残っているのです」
とオリビアが三郎丸たちの反応を見て説明する。
「なるほど、そういうことなんだ」
「なら意外となじみやすいかも」
もしかしたらほかにも自分たちが知っている料理、文化があるのかもしれないと期待できる情報に、日本人たちの表情は明るくなった。
「本日の進捗ですが、魔法の会得に成功したのはサクラさん、マヤさん、ヨーヘイさんの三名ですね」
とオリビアがいきなり今日の成果をみんなの前で話したので、三郎丸はぎょっとする。
「みんなこのテーブルじゃん。ってか、ウチ以外か」
綱島が自嘲気味に言う。
「雷属性は激ムズらしいから、気にする必要ないっしょ」
竜王寺が彼女をなぐさめる。
「ヨーヘイって? 三郎丸なのか?」
「みたいだな」
「三郎丸って実はすごいのか?」
オリビアたちとは接点がなかったグループの面子がざわめく。
「騎士グループはどうですか?」
「特に進捗はありません。初日ですしね」
騎士の中で最年長と思われる銀髪の男がオリビアに報告した。
「わたくしたちは一度失礼します。食事が終わったら案内の続きをいたしますね」
と言ってオリビアたち全員が食堂を退出し、日本人たちだけが残される。
「じゃ、じゃあ、みんな食べましょう」
尾藤の声で異世界最初の食事がはじまった。
「けっこう美味しいね。何か違うけど」
という綱島の感想に三郎丸も同感である。
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