陰キャの成り上がり~努力したら強くなりすぎた?~

相野仁

第1話「クラスまるごと異世界転移」

 今日から水名本高校では一年のオリエンテーション合宿(一泊二日)で、陰キャの三郎丸には憂うつだった。


 仲いい友達が同じグループにいるなら、あるいは楽しいのかもしれないのだが。


 バスの中、ほかの席では会話が盛り上がっているものの、彼と彼の隣の男子はいっさい会話がない。


 気まずい空間に耐えかねて三郎丸はスマホを触っていた。


「ん? なんだ、あれ?」


 誰かの鋭い声を聞いて反射的に三郎丸は顔をあげて前を見る。


 高速道路のトンネルの中を走っているはずなのに、黒い大きな渦が突如としてバスの前に立ちふさがった。


 当然避けられるはずもなく、渦の中にバスは飲みこまれてしまう。


「うわぁああああああああ」


「きゃああああああああああ」


 前方に座る男女の悲鳴がバスの中に響き、三郎丸は思わず耳をふさぐ。

 地震に襲われたような揺れを彼は感じながら気を失った。


 どれくらい時間がたったのか、周囲の騒がしさに彼は目を覚ます。


「どこだ、ここ?」


 三郎丸の視界に映ったのは白い床と壁、華のある天井、彼と同様に困惑している同級生と担任の姿だった。


「聖堂っぽいね」


 女子のひとりがぽつりとつぶやくと、壁のドアが音を立てて開き、見たことのない男女の集団が姿を現す。


「ようこそ、英雄候補の皆さま」


 白いドレスを着て金色の杖を右手に持つ若い黄金の髪を持った若い女性がにこやかに話しかける。


「あなたは誰ですか? ここはどこですか?」


 担任の尾藤かなえがキッとにらみつける。

 よく見れば体は震えていて、強がっているのだと察しはつく。


「順番にお答えいたしましょう。ここはルクス王国の大聖堂です。そしてわたくしは第三王女のオリビアと申します」


 オリビア王女の返事を聞いた集団に動揺が走る。


「ルクス王国?」


「おまえ知ってる?」


「知らない。地球にそんな国ないはずだよ」


 クラスの秀才と目される男子が否定した。


「はい。わたくしがこのたび行ったのは【異世界召喚の儀式】ですから。皆さまにとって未知の世界だと思います」


 オリビアは笑顔を消して、心苦しそうな表情になる。


「この点についてお詫びを申し上げなければなりません」


「そ、そうだ! いきなり知らない場所に連れて来られたんだから! こういうのって誘拐なんじゃないの!?」


 謝った彼女に対して女子生徒のひとりが抗議の声をあげた。

 女子の中で一番気の強い赤城である。


「お怒りはごもっともです。ですが、最後までわたくしの話を聞いていただけませんか?」


 というオリビアの問いかけに答える者はいなかった。

 三郎丸をはじめ、混乱から立ち直れていない者が多い。


「わが王国をふくめて、この大陸で人類国家は現在危機的状況です」


 反論はないと見たオリビアは説明をはじめる。


「魔王をいただく魔の軍勢に押されています。起死回生の希望が皆さまなのです」


「何でわたしたちが? わたしたちは何の力も知識もない一般人ですよ?」


 と言ったのは尾藤だ。

 

「実は魔王に対抗できる神器は選ばれし者にしか使えないのですが、それがこの世界の者とはかぎらないのです」


 オリビアは悲しそうと言うよりは悔しそうに表情をゆがめる。

 自分たちにとってはもちろん、彼らにとっても理不尽だなと三郎丸は思う。


「代わりに適性が高い方々を召喚する手段が、わたくしどもには用意されています」


「それが【異世界召喚の儀式】とやらですか?」


 クラスの秀才・神代が食い気味に質問する。


「はい。正式には【神器適合者召喚】というのですが」


 とオリビアは答えた。


「そ、そんなぁ……わたしたち戦わされるの?」


 女子たちから悲観的な声が上がる。

 暴力沙汰から無縁だった者たちからすれば、災難としか言いようがない。


 三郎丸だって彼女たちと同じく泣きたい気持ちである。

 

「よっしゃ! 俺たちが英雄になってやろうじゃないか!」


 と言ったのは男子カーストのトップの光谷だ。


「光谷に賛成だ。学校生活なんて退屈だったからなぁ」


 と言うのは「勉強のできるヤンキー」なんてあだ名がすでにつけられている、足立である。


「男は単純よね」


 否定的なつぶやきを漏らしたのは、竜王寺マヤ。

 美少女としてすでに有名で、入学して数日でイケメン上級生から告白されたほど。


 発言者が彼女だったからか、光谷と足立は機嫌をとろうとする。


「俺たちががんばればみんなが安全になるじゃないか」


「そうそう、竜王寺。俺たちがおまえらを危ない目にあわせない」


 クラスを代表するイケメンたちの発言に、女子たちの半数が頬を赤くした。


 自分に言われたわけじゃないと理解していても、頼り甲斐があると思ったのだろう。


「かっこつけてるところ悪いけど、守られるだけって趣味じゃないんだよね」


 と言ったのは金髪ギャルの綱島ヒカリだ。

 すでにマヤと二分する人気を誇っていて、さらにマヤとの仲もいい。


「そうですね。自分の身を守れるようになるほうが、安全性は増すでしょう」


 と言ってメガネを光らせたのはクラス委員にして、新入生代表あいさつをした本郷桜。


 三郎丸にとって意外なことに、本郷と綱島のふたりは仲がよかった。

 彼らのやりとりを黙って聞いていたオリビアがやがて口を開く。


「もちろん、皆さまの希望は尊重させていただきます。もし戦うのがいやだという方は、保護させていただきます」


 彼女のこの言葉にホッとした空気が流れる。

 やはりと言うか、誰もが戦いの世界に身を投じたいわけではないのだ。


「あの、わたしたちは元の世界に帰れるのですか? 肝心な部分の説明がないように思うのですが?」


 と本郷が右手を挙げて問いかける。

 これによってみんなの視線がオリビアのきれいな顔に集中した。

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