第4話 外伝・あたしはずっとここにいるよ、シャーリー。
あたしがここ、うちの部屋の片隅の押し入れの引き出しの中で横になってうつらうつらしているうちにあっという間に何年もたってしまったの。
「お姉ちゃん、おはよう」
毎朝、シャーリーが来てその引き出しをそっと開けてあたしの顔を見ながら声をかけてくれるのがとてもうれしいの。そして彼女はアクリルのふたに口づけをして仕事に行って、ママも出勤した後うちは静かになったの。
それで落ち着いたので以前のことを思い出したの。あたしが家族のみんなに見守られてもう動けなくなって、病院からシャーリーの友達のキャシー姉さんのところに車で連れて行かれて、着いてから数時間、布に包まれたままロッカーのような冷蔵庫に入れられたの。そのとき、
「ちょっとそこで待っていてね。今から大事な準備をするから。もう体の芯まで冷え切ってもかぜをひくことはないから安心して」
彼女にそう言われていきなり中から出てきた冷たいステンレスの板に載せられて、そのときはブルッとしたけれどそれも次第に慣れたの。そして冷蔵庫から出されて担架に乗せられたあたしの前にゴーグル、マスクとエプロンを付けたキャシー姉さんが現れて、以前車いすに乗って見せてもらった理科実験室のような作業室に連れていかれたの。その部屋ではキャシー姉さんの助手がすでに待っていて、
「はじめまして、お嬢さん。」
と、あたしにあいさつした後にキャシー姉さんが
「彼女はうちの助手のパメラ。よろしくね」
「全員そろったので、始めましょうね」
と、言って作業が始まったの。
彼女は棚からピンク色の薬品が入ったビンを何本か出してミキサーのような機械にその中身を入れて混ぜていたの。そして布を解かれたあたしは担架からその部屋にあるステンレスの作業台に載せ替えられたの。そして彼女たちは闘病生活を終えたあたしの顔を気持ちよく眠っているかのように整えていって、キャシー姉さんに「こんな感じでいいかしら?可愛らしいお顔ね……薬剤でこの表情のまま固まるから気の抜けない作業なのよ」と言われたの。
そして体の中にそれを入れ終わった後、キャシー姉さんとパメラさんの二人がかりでママが持ってきたお気に入りのシャツをあたしに着せた後、顔をお化粧して、椅子に座らせて衝撃でずれないように腰と背もたれをひもで止めたり、頭が動かないように背中と服の間に棒を入れたりしたの。そしてパメラさんはみんなが来るホールの奥にあたしを椅子ごと台車で運んでいったの。パメラさんはあたしを運んだあと受付と入場整理をするのでホールの入口玄関に向かったの。
ホールで少し待った後前にかかっていたカーテンが開いて、久しぶりに会う友達や親戚がやってきてあたしの前で泣かれて涙でにじんだ目をこすったりハンカチを当てたりしていたり。頭や顔をなでなでされたり、おでこに口づけされたり、もう会えないのねと言われたり、十字を切ってくれたり、そこかしこで泣きながら抱き合ったり、などなど。あたしは例外で家に帰れるけど、それは一部の親しい人しか知らないからみんな泣き崩れてしまうの。ほとんどの人はこれが終わったらどこかに埋められてしまうので本当にこれが最後になってしまうの。
そして後ろのモニターからBGMが流れていて、のぞいてみたらそこに次々と現れるあたしの思い出の写真たち。赤ちゃんの頃、外ではしゃいでいた頃、学校の文化祭、そして入院生活。その多くにシャーリーが一緒に写っていてこれがとてもかわいいの。それが終わった後、牧師さんがやってきてなにかしゃべっていたけど……ありがたいお言葉なのかもしれないけど今でも本当の意味はほんの少ししかわからないの。多分最前列に座っていたシャーリーも。あと、歌のうまい親戚の人が壇上で讃美歌を歌っていたの。 ホールで歌を聴くことってもうないのかな…… 今でもできたらキャシー姉さんやパメラさんにも改めてお礼をしたいと思っているの……
そしてキャシー姉さんはあたしを家に車で送り返したの。着いたときはシャーリーに泣きながら抱きしめられたの。それから家ではしばらくリビングのカウチに座って過ごしていて、その間はシャーリーが毎日学校の行き帰りにハグしてくれたの。そして特注の引き出しが届いてからはずっとその中で横になっていたの。保存のためとはわかっていたけど久しぶりにのんびり落ち着いて過ごせたリビングから離れるのは少し寂しかったの。
それからは年に1回、シャーリーにそこから出してもらって誕生日会の日にあたしたち姉妹の友人をリビングで出迎えるの。ママとシャーリーはあたしのためにケーキを作ってくれていてうれしいけど、ろうそくの火を消したり食べたりはもうできなくて残念なの。それでシャーリーはあたしの分までケーキを切り分けてくれて、ろうそくも消してもらってるの。せっかく来た友人たちに話かけられたけどこれも返したくても返せないの。ある友人に、
「エミリーちゃんっていつまでも若くてかわいいねぇ」
と言われて、悪意がないのはわかっているけど、結構複雑な思いをしたの。これもキャシー姉さんの技があってのことなんだけどあたしもできれば病気にならずに年を取りたかったの。もうすぐ30歳になろうとしているあたしの友人たちともうずっと18歳のあたし。もし病気が出たり悪化しなくて普通に動けていたらどんなことをしていたんだろう、と考えるの。
夜になって引き出しの中に寝かせる前にママとシャーリーがあたしのために買ってきた服を着せてくれるのがこの日で一番の楽しみなの。その前にシャーリーはあたしをソファに移して彼女と一緒に座り彼女はあたしの胴体を腕でぎゅっと抱きかかえて、あたしの頭をぐらつかないように彼女の頭にそっと乗せてママにスマホでツーショット写真を撮ってもらったの。シャーリー、世の中にはそれを聞いて、あたしのことをあなたの着せ替え人形だと思っている人がいるかもしれないけど、決してそうじゃないの。その後シャーリーはあたしを担いで部屋まで行ってベッドの上でその服を着せてもらったの。シャーリーがあたしの腕を上に上げて袖を通して、彼女が腰を少し上げている間にママがスカートを履かせてベルトを締めたの。シャーリーと一つ屋根の下でずっと一緒にいられて本当に幸せだけど、ただ一つ、この思いをシャーリーに伝えることがもうできないのが残念なの。そしてあたしは、来年シャーリーに起こしてもらうまで、今日も横になってうとうとしているの。
ずっと一緒だよ、お姉ちゃん! Hugo Kirara3500 @kirara3500
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます