花喰らい
ロジィ
第1話
放課後、私が花壇に行ったら、マリーゴールドの隣からローファーが生えていた。
正確に言えば「埋まっていた」のだが、ローファーの爪先が土を割って、チラっとのぞいている感じが植物の芽吹きによく似ていたから、とっさにそう思ってしまった。
園芸部の活動のために与えられたこの場所は、校舎の裏ながら日当たりもよく、植物の育成には最高の環境なのだが、人目が少ないせいで、ときどきこうやって余計なものが紛れ込んでくる。
空のペットボトルとかお菓子の袋くらいならまだマシで、ときには十七歳の女子高生には処分に困るものまで――例えば、煙草の吸殻、お酒の缶、ときには生々しいエロ本なんてものが捨てられていた。
最初こそ顧問の先生に逐一報告していたのだが、定年間近の世界史教師は「そりゃけしからんなぁ」しか言わないので、今は無の境地でゴミ袋に突っ込んでいる。
とはいえ、さすがにこの靴をそんなゴミと同じように扱うのは抵抗があった。これはきっと持ち主が捨てたものじゃない。
名前でも書いてあればいいけど、とローファーを土から取り出したとき、背後から「あ」という声がした。
振り返ると、もうじき夕陽に変わる太陽の日射しが目を刺して、思わず顔をしかめた。逆光の中に見えたのは、人のかたちをしたシルエット。
「
目が慣れると、そのシルエットが同じクラスの
その表情の原因が、彼女の誤解――つまり、今まさに
「私が来たときにはもうここに埋まってたの」
「そんなのどうでもいい。早く返して」
「どうでもよくない。私だったらここには埋めないもの」
見ろ、というように、私は花壇を指さした。
パンジー、ビオラ、マリーゴールド、ノースポール、ナデシコ、サルビア、デイジー。
先週植え付けたばかりの苗はまだ弱々しく、控えめに花を咲かせているけれど、これから根を張り、土の栄養を吸い上げて、花壇を埋め尽くすような勢いでそれぞれの花を咲かせるのだ。
ただただ美しい未来しか詰まっていないこの場所に、嫌がらせで靴なんか埋めるものか。
茉莉花はじっと私を見ていたが、ふぅん、と鼻を鳴らして、花壇の前にしゃがみこんだ。
誰かにローファーを奪われた彼女は、上履きのままだった。その上履きには、洗っても消えなかったのだろう、黒い「ブス」と赤い「死ね」の文字が、レースをかぶせたみたいに薄ぼんやりと浮かび上がっている。
「きれいね」
茉莉花は、上履きにこびりついた文字とは正反対の言葉を口にした。飾り気のない言葉はいかにも本当らしく聞こえて素直に嬉しかった。けれど、そんな浮き立った気持ちはすぐに困惑に変わる。
「このなかに食べられる花ある?」
「……食べる?」
「私、花が食べたいの」
少しの間を置いて、私は答えた。
「そんなの、共食いじゃない」
「共食い?」
先ほどとは反対に、茉莉花が私の言葉を繰り返す。
「茉莉花。まつりか。ジャスミン。あなたの名前よ」
なるほど、と茉莉花は笑った。花が咲いたような笑顔だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます