今夜、一緒に星が見たいから。

げこげこ天秤

第1話

「ねぇ、凪咲ナギ。私と付き合ってみる?」



 不意に投げかけられた湖上こじょう風花ふうかの言葉に、月雲つくも凪咲なぎさはコップを片手に固まった。突然どうしたのだろう? 笑顔を硬直させたままで、コテンと首をかしげた凪咲なぎさだったが、風花ふうかからの補足はない。それどころか風花ふうかとくれば、気だるそうに頬杖をついたまま。返答を待っているつもりなのだろう。二人の間の静寂に反比例するように、店の雑踏がやけに大きくなっていくのを凪咲なぎさは感じた。


 バーガーカフェ『MONOCHROME』。駅前に構えるファーストフード店に二人は来ていた。小腹をかせた凪咲なぎさが、学校帰りに立ち寄ろうと風花ふうかを誘ったのだ。とはいえ、ここは学校帰りに寄るには定番のスポットであって、いまも店内には、同じ学校の制服を着た生徒の姿がちらほらと確認できる。ヘッドフォンをしてタブレットを片手に勉強をする人もいれば、集団で騒いでる連中もいる。そんななかにあって、凪咲なぎさはポテトとバーガーを頬張っては、風花ふうかと馬鹿話できたらと考えていた。数学教師がウザいとか、修学旅行が迫って来たねとか、最近の流行りの曲がよく分からないとか……そんなどこにでもありそうな話ができたら、なんて。そして、話が盛り上がって、ひと段落ついたところで風花ふうかから投げ込まれたのが、この謎発言だった。


「どゆこと?」

「言葉通りの意味だよ」


 目の前のポニーテール少女の言おうとしていることが、いまひとつ見えない。けれど、どうやら言葉通りの意味らしいぞと思考が動き始めたところで、凪咲なぎさはポテトに手を伸ばして、風花ふうかの言葉を反芻するようにチビチビと齧った。いつだって人と話す時の風花ふうかは言葉足らずだ。それを彼女も自覚したのか、やや視線を逸らしながら、それまでぶっきら棒だった口調を柔らかくした。


「なんかさ……」

「うん」

「クラスの奴らが言うに、私らってらしい」

「ほう?」

「でも、別に付き合ってるわけじゃないじゃん?」

「まあ、そうだねぇ」

「付き合ってみる?」

「そこだよ!! なんでそうなるの、もー。相変わらず風花フウって、時々よく分かんない思考回路するよねー」


 こんでも詰めすぎて、おかしくなっちゃった? そんな凪咲なぎさの言葉に、僅かに眉をひそめる風花ふうか。だが、凪咲なぎさは呆れた調子でもなければ、肩を竦めるわけでもなかった。むしろ、「言いたいことは何となく分かったよ」と合点がいったようで、うんうんと嬉しそうに頷くと、いつも通りの屈託のない笑みを見せた。


「じゃ、付き合おっか。プロポーズは、全然ロマンチックじゃなかったけど、いいよ。おっけい!!」

「……え、まじ?」

「ちょ、なんで、風花フウが引くの!?」

「普通、意味不明でしょこんなの。……でも、まぁ――」


 ――ありがと、とボソリと呟く風花ふうか。相変わらず気だるそうに、顔色を変えることは無かったが、自分の言葉を誤魔化すかのように、そっとストローを口に運んだ。



 *****



「で? どこに連れてってくれるの!?」

「どこに……か。凪咲ナギらしいね」


 バーガーカフェ『MONOCHROME』を後にした二人。秋蜩ひぐらしの聲が空に響いては、黄昏が揺れるポニーテールとボブカット少女を包んでいく。帰る方角は同じ。お互いに、「フウ」、「ナギ」と呼び合い出したのは、中学の時からか、小学校の頃からか……いや、もっと昔からだったかもしれない。どちらが先にそういうふうに呼び始めたのかは、もはや覚えていないし、なんでそんなふうに呼び合い出したかも覚えていない。


 夕日のなかで、先に手を伸ばしたのは風花ふうか。それで、凪咲なぎさは全てを悟る。なんだかんだと、訳の分からないことを言い出したのは、今夜一緒に過ごしたいだけなのだと。



「今夜、うち来なよ。望遠鏡をもってさ」







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