第49話

「やっこさん、食料がないのによくやるなぁ。さっさと撤退しちまえばいいのによぉ」

 イジュウインはの上から、突っ込んでくる討伐軍の兵士を眺めながら呟いた。

 本道を上ってきて目に見えるのは二つの土塁だけだが、実はその先は曲がり角になっていて第三防衛拠点の本陣である三つ目の土塁が見えない。

 二つ目の土塁が本陣だと思って制圧したところ、実はまだもう一つありました、というエゲい仕様。

 しかも第三の土塁のある道は急斜面になっていて丸太が良く転がる。

「ひぃぃぃ――ッ」

「あがっ!!」

「ぐふっ……!!」

 いまも巨大な丸太に蹴散らされ、討伐軍の兵士が敷き潰され、あるいは崖へと落ちていく。

 これがもし十分な食料があったのならば、自慢の大盾を前に何人かで支えれば耐えられたのかもしれないが、補給が断たれてから三日目ともなればそんな体力も気力もあるはずもない。

 それでも討伐軍の兵士が突っ込んでくるのは、進むしかないからだ。

 逃げればローテンベルガーに殺される。だが、防衛陣地を突破してその先にある村に辿りつければ食べ物にありつける。

 ゆえに無謀な吶喊を続けるしかない。

「――とはいえ、そろそろ限界だろう」

 兵士の士気は致命的なまでに低下している。

 これ以上の低下は兵士の反乱を招きかねない。

 督戦隊が何十人いるかは知らないが、数千の兵が反旗を翻したらやられるのは自分たちだ。もちろん、その中にはローテンベルガーも含まれる。

 だから――

「某はイジュウイン! コルダナ男爵様より私兵団長を任されている者だ!! このまま徒に兵士が散っていくのは見るに堪えない!! そこで一騎打ちを申し込みたい!」

 この提案は無視できない。

 士気の著しい低下による討伐軍の瓦解が目前に迫る中、敵側からの一騎打ちの申し出は一筋の光明である。

 だが、前線指揮官がルプンであれば罠の可能性を考慮したに違いない。

 しかし、ローテンベルガーは違う。強者と戦うために自ら闘技大会に参加するような戦闘狂変人である。

 アルアリアで名を馳せた傭兵団『ダイサッカイ』の団長と一騎打ちに心が躍らないはずがない。

 絶対に乗ってくる――というのがツェーザルの読みだった。

「その一騎打ちに応じよう! 俺はミヒャエル・ローテンベルガー!! 討伐軍の副司令官である!!」

(さすがは大将だ……!)

 ツェーザル陣営としては、ここで確実にローテンベルガーを討ち取っておきたかった。だからこその一騎打ちである。

 ここまで概ねツェーザルの筋書き通りに進んでいるが、実のところ討伐軍が粘るとは思ってみなかったのだ。

 補給を失ったからといって国王陛下の勅命だ。撤退はありえない。

 しかし、食料がなければ戦えない。

 だから一度後退し、部隊を再編制した上で、別の酒保商人を引き連れて再侵攻をしてくる――というのがツェーザルの読みだった。

 当然、同じ手は通じない。

 そこで後退する気配をみせたら一騎打ちを持ち掛けてローテンベルガーを誘い出すつもりだった。

(ま、結果としてローテンベルガーを引きずり出せたんだから問題はないだろ)

 イジュウインは愛刀を携え、土塁から飛び降りる。

 対するローテンベルガーも身の丈ほどある大剣を担ぎ、兵士の間から姿を現した。

(まともに受けたら刀が曲がるな)

 ローテンベルガーは一トーワム(約二メートル)を巨躯。大剣の取り回しに重きを置いているのか、防具は胸甲のみで腕は剥き出しである。下半身も脚甲のみで腰回りの防具は身に付けていない。

(攻撃こそ最大の防御というわけかい)

 傭兵時代に多くの戦場を駆け抜けたアルアリア共和国でも、ここファーテンブルグ王国でも戦術や装備に大きく違いはなかった。おそらくリュプセーヌ王国や他の大陸北部の国家も同様だろう。

 戦場の主武装は槍だ。重装騎兵しかり、パイク兵しかり、剣は主武装を失った時の替わりでしかない。

 その上で大剣を選んでいるとなれば、得物の長さの不利を覆すだけの力量と神に祝福された証ゼーゲンを持ち合わせているはずだ。

 かくいうイジュウインも、三秒先の未来が視える神に祝福された証ゼーゲンと卓越した武芸があったからこそ戦乱を生き延びてこられた。

 二人は互いに抜刀。

 構えは正眼。

 すでに両者の兵は引いており、一騎打ちの邪魔をする者はいない。

 すり足で少しずつ距離を縮めながら、ほど同時に神に祝福された証ゼーゲンの能力を解放する。

(さて、なにがでてくることやら)

 ローテンベルガーの瞳は鮮やかな青セルリアン。短く刈った髪はくすんだ紫みの青ヒヤシンス

 青の象徴色は、視覚を司る神プファイルフィーダンのものだ。

 こと戦闘において彼の神の寵愛を賜った者がもっとも厄介とされている。

 人は情報の八割を視覚から得ているのだから当然といえば当然だろう。

 その点においてはイジュウインも同じ。

「そんな細い剣ではすぐにナマクラになるぞ――ッ!」

 ローテンベルガーが吼え、動いた。

 峻烈かつ疾風のような踏み込み。

 大剣とは思えないほど速度で迫る――未来が視えた。

 おそらくイジュウインでなければ、この一合で勝敗は決まっていただろう。

 それほどの一撃だ。

 イジュウインは半歩引き、剣筋から外れる位置に身体を移した上でローテンベルガーが三秒後にやってくる場所に刀を滑らせ――

(――ッ!!)

 未来が変わった。

 一秒先、斬られて倒れているのはローテンベルガーではなく、イジュウインだった。

(クソがっ!!)

 すでに踏み込みを終え、刀を振るう直前。

 致命的な隙を見せてしまうか、確実な死よりもマシとイジュウインは強引の身体を前に投げ出した。

 頭上で大剣が大気を凪ぐ轟音を聞きながら、無防備に地面を転がること数回。

 追撃はない。

 ローテンベルガーに視線を向ければ、彼もまた態勢を崩していた。

(チッ、厄介な神に祝福された証ゼーゲンをもってやがる……!!)

 この一合でイジュウインはローテンベルガーの神に祝福された証ゼーゲンにあたりを看破した。

 イジュウインの三秒先の未来を視る神に祝福された証ゼーゲンにも弱点はある。

 それは未来が常に変化しているということだ。

 三秒だからこそ、未来が変化するような影響が発生しずらいだけであって絶対ではない。

 そしてローテンベルガーは、三秒間に行動を変化させるような影響を受けたからこそ、未来が変わったのだ。

 ――おそらくイジュウインの行動を見て、行動を変えた。

 根拠はローテンベルガーも、イジュウイン同様に態勢を大きく崩していること。

 これは大剣の軌道を強引に変えたことに因るものだろう。

 では、なぜ軌道を強引に変えたのか。

 神に祝福された証ゼーゲンによってイジュウインの動きを察知したからだ。

 未来を視て動いたイジュウインの動きを観て攻撃をしてくる。

 これ以上にないほど最悪の相性だ。



(あれを避けるか……ッ!!)

 傭兵団『ダイサッカイ』の勇名は大陸北部でも轟いている。ゆえに団長であるイジュウインの神に祝福された証ゼーゲンも広く知れ渡っていた。

 数秒先の未来を視る。

 不敬ながらもローテンベルガーは、ふざけた神に祝福された証ゼーゲンだと思ってしまった。

 分かっていたことだが、神の恩寵は平等ではない。

 気に入った人間には常軌を逸した祝福が与えられる。

 イジュウインは特別だ。

 しかし、とローテンベルガーはそれを否定する。

 自分はもっと特別だ、と。


 ――極限までに高められた動体視力。


 それがローテンベルガーの神に祝福された証ゼーゲンだ。

 武人ならば誰もが欲する最高の祝福。

 至近距離から離れた和弓の一射さえ捉えられるほどに超強化された動体視力は、どんな予備動作すら見逃しはしない。

 イジュウインが未来を視て攻撃をしてくるならば、その動きを観てから自らの行動を変えてしまえばいい。

 ようは後出しジャンケンだ。

 ローテンベルガーはグーを出そうとする。

 イジュウインはその未来を視てパーを出す。

 ローテンベルガーは、イジュウインのパーを出そうとする動作を見抜き、土壇場でチョキに変える。

 未来が視えていたとしても、掛け声は「ジャン・ケン・ポ」まで言っている状況。いまさらパーからグーに変える時間はない。

 当然、これによって自分の態勢も崩れて大きな隙を作ってしまうが、必殺の一撃だ。死した者からの反撃はありえない。

 しかし、イジュウインは避けた。

 互いに態勢が崩れ、立て直すのに一拍。

「ハァァァァァアアアア――――ッッ!!!」

 究極の後出しジャンケンをするためには先手が必須条件。

 後手に――受けに回れば圧倒的不利になる。

 ゆえにローテンベルガーは裂帛の気合とともに大剣を振るった。

 そして、超強化された動体視力でイジュウインの動作を見抜き、強引に大剣の軌道を変える。


 空振り。


 またしてもイジュウインは強引に、態勢を崩しながらも大剣をやり過ごした。

(またか……!? なぜ避けられる!!)

 一度ならばともかく、二度続けばもはや必然だ。

 イジュウインは究極の後出しジャンケンを見切っている。

 だが、完全ではない。

 体勢を崩し、反撃できていないのが何よりもの証拠だ。

 そして、ローテンベルガーが先手を打ち続けているかぎり、イジュウインに攻撃の機会は巡ってこない。

(ならば――ッ!!)

 綻ぶまで続ければいい。

 先に集中力か体力が切れた方の負け。

(第一線を退いた貴様に負けるわけがない――!!)

 闘技場で情報無敗を誇るローテンベルガーは確たる自信を胸に、大剣を振り上げた。



 勇名を馳せていた代償というべきか、イジュウインの神に祝福された証ゼーゲンは戦に関わるものならば知らない者はいないほど有名であった。

 敵対したときの備えとして情報収集するのは当然。

 イジュウインも隠すつもりは毛頭もなく――ゆえに多くの者が神に祝福された証ゼーゲンを能力を知っていた。

 その上でイジュウインは不敗だった。傭兵団として依頼に失敗することはあれど、戦場においてイジュウインが敗れたためしはない。

 それはなぜか。

 三秒先の未来を視える神に祝福された証ゼーゲンはたしかに強力ではあるが、最強ではない。実際、ローテンベルガーに抑え込まれてしまっている。

 では、もう一つの神に祝福された証ゼーゲンに依るものかといえば、それも違う。

 神に祝福された証ゼーゲンは一柱に付き一つ。

 二柱の神から祝福を賜ったイジュウインは、二つの神に祝福された証ゼーゲンを有している。

 この大陸に足を踏み入れてから剃り続けてきた髪の色は明るい灰色パールグレー

 白を象徴色とするのは、嗅覚を司る神ポウロニアだ。

 彼の神に祝福された証ゼーゲンの能力は、一度嗅いだニオイを絶対に忘れないこと。

 犯罪捜査や間者を見つけ出すのにこれほど有用なものはない。

 犯行現場に残された犯人の所持品があれば、臭いから犯人が割れる。

 知らない臭いの者が紛れ込んでいれば、間者を見つけさせる。

 だが、まったくもって戦闘向けの神に祝福された証ゼーゲンではない。

 ならば、なぜイジュウインは不敗なのか。

(この角度、この深さの踏み込みならば――なるほど、やはりそうくるか。七十三通り。思いのほか引き出しが少ないねぇ戦闘狂!!)

 それは圧倒的な戦闘経験にある。

 幾万、幾億もの強者と刃を交え、駆け引きし、技を受け、また自らの技も研ぎ澄ませてきた。

 そしてそれを支えるのがイジュウインが修めている野火止流だ。

 聖武国でも知る者がいないほど廃れた流派の極意は、防御こそが最大の攻撃。

 祖いわく、すべての攻撃を防ぎ切れば絶対に敗けない。さらに、余力を持ってすべてを防ぎ切れば、目の前にいるのは疲弊した敵がいるだけ。刃を突き出せばそれで勝利は確定だ。

 ちなみに、流派名の野火止は、焼き畑が行われた際、その火が人家に及ばないように塚た堤を築いていたことに由来している。

 焼き畑の火が攻撃。人家に及ばないように塚や堤を防御に例えているわけだ。

 そんな超後ろ向きな発想で作られた流派の奥義は、一度見た技を忘れないこと。

 一度見た技は、二度通じない。

 数十合にもおよぶ剣戟の中で、イジュウインはローテンベルガーがもつすべての技を引き出させ、そして見切った。

 ゆえに、もうローテンベルガーの攻撃は通じない。

 イジュウインが三秒先の未来を視て愛刀を振るう。

 これに対するローテンベルガーの動きは、確定で右袈裟斬り。

 読み通り、ローテンベルガーは強引に大剣の軌道を右袈裟斬りに変えてくる。

 だからイジュウインは、右袈裟斬りを受け流して擦れ違いざまにローテンベルガーの首を凪いだ。

 決着は一瞬。

 討伐軍の徴兵からすれば、終始押していた副指令が突然に首を斬られたとしか思えないだろう。

 自軍であっても、理解した兵がどれだけいるか怪しいものだ。

 ただ偶然の一刀が運よく当たったくらいに思われても不思議ではない。

 それでも勝利は勝利だ。

「コルダナ男爵が家臣、イジュウインがローテンベルガーの首を獲ったぞ!!」

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