わたしは、友人キャラにしかなれないから

畔柳小凪

第1話

お立ち寄り頂きありがとうございます。1万字行かないくらいなので、もし良ければ最後まで読んでいただけると嬉しいです。

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 窓から差し込む西日に照らし出され、黄金色に染まる放課後の教室。そこでわたしは1人の男子生徒に睨みつけられて動けないでいた。彼は親の仇でも見るような目をしたまま、ぽつりと呟く。


「騙したな、この顔だけのビッチが」


 その言葉はまだ中学1年生だったわたしの心にグサリ、と深く突き刺さった。



◇◇◇◇◇◇◇



「はぁっ、はぁっ、はぁっ」


 そこでわたしは跳ね起きる。冷や汗でパジャマは重く、頭はだるい。要するに最悪の気分だ。それもこれも4年前の記憶を悪夢として見てしまったせい。早く忘れたいと思ってるのに4年も経った今でさえ、時折夢に出てくる。自分にはどうにもできないコンプレックス。わたしはため息をついて牛乳瓶の底のような分厚い、可愛くない丸眼鏡を装着し、パジャマを脱ぎ捨てる。と、その時。


 コンコン、と微かにドアをノックする音が響く。


「雪奈ちゃん、大丈夫? またうなされていたみたいだけれど」


 心配したような双子のお姉ちゃんの言葉。でも、今のわたしにとってその優しさはむしろ逆効果だった。


「なんでもない。――お姉ちゃんは放っておいて」


 ナイフの刃のように鋭利なわたしの言葉。それに優しいお姉ちゃんが息をのむ音がドア越しからも伝わってくる。そして。


「そ、そうだよね。ぼくのせいで雪奈ちゃんにはいっぱい迷惑をかけちゃってるのに、ぼくがしゃしゃり出たりしたら余計に目障りだよね。でも――ぼくは、ありのままの雪奈ちゃんのことがいつまでも大好きだから」


 それだけ言って、お姉ちゃんは逃げるようにわたしの部屋の前から去っていく。お姉ちゃんが去って1人きりになると。お姉ちゃんに対して言い過ぎたな、という罪悪感がこみあげてきて益々気分はブルーになる。




 わたし、瀬名雪奈には双子のお姉ちゃんがいる。お姉ちゃん――瀬名美月は非の打ちどころのない、完璧な女の子だった。成績優秀・スポーツ万能・おまけに性格も顔もいい。そんなお姉ちゃんはいつも人々の中心にいて、人見知りでいつも孤立しているわたしとは真逆だった。そんなお姉ちゃんのことがわたしには眩しすぎて、小学生の頃には既にわたしはお姉ちゃんに対してコンプレックスを抱くようになっていた。


 そんな対照的なわたし達姉妹だったけれど、幸か不幸か、1点だけとても似ているところがあった。それは、喋ったりしなければどっちがどっちかわからないくらいそっくりの美少女だってこと。そのせいで子供の頃からわたしは、幾度となくお姉ちゃんと間違われては、妹だとわかった時に失望した表情を向けられてきた。


 ――勝手に間違えたそっちが悪いんじゃん。わたしはなにも悪いことしてないじゃん。


 そう思いながら、わたしは間違えられるたびに泣きそうになった。でも。『あの事件』があった今から振り返ると、それだけで済んでいるならばまだマシな方だと切実に思う。わたしのことを大きく傷つけたその事件以来。わたしは生き方を大きく転換させることになる。


 中学1年生の秋のことだった。学園祭準備の雑用を押し付けられて帰りが遅くなったわたしは1人、夕暮れ時まで教室に残っていた。そしてようやく押し付けられた仕事を終えた時。わたしは見知らぬ男子生徒に呼び止められ、告白された。


「俺、瀬名美月さんのことが好きです! だから、付き合ってください! 」


 そう言われた時、わたしは正直「またか」と思った。目元にはいつものように涙がにじむ。でもわたしはそれを必死にこらえて、もう何度も口にして言い慣れたお馴染みの台詞を口にする。


「あなた、勘違いしてますよ? ――わたしは美月の妹の雪奈です」


 そう言った瞬間。目の前の男の子は死刑宣告を受けた被告人のように顔面から血の気が失せ、それからわたしのことを親の仇でも見るかのように睨みつけてくる。そして。


「騙したな、この顔だけのビッチが」


 そう言い捨てて、彼はわたしの前から走り去っていった。その言葉がまだ中学生だったわたしのお豆腐メンタルには酷く堪えた。これまでは失望されることはあっても、こんなに酷い罵詈雑言を掛けられることなんてなかったから。


 もう二度とあんな気持ちを味わいたくない。そう強く誓った私は次の日から、お姉ちゃんと間違われることがないように見た目を大きく変えるようにした。お姉ちゃんとお揃いのコンタクトをやめて可愛くない分厚い丸眼鏡をかけるようにして、これまで伸ばしていた黒髪は三つ編みにするようにした。自分で変えられるところは何もかもお姉ちゃんと対照的にし、『学年1の美少女』と呼ばれるお姉ちゃんとそっくりの自分のポテンシャルを自ら殺して、地味で、目立たない女の子になろうと努力していった。


 もちろんわたしだって年頃の女の子だから自分を可愛く魅せることに興味が全くなくなったわけじゃない。でも、そんな欲望よりも恐怖心が勝った。そして、そんなわたしのイメチェンは自分で思った以上の効果を発揮した。それ以来、わたしがお姉ちゃんに間違われることは二度となくなり、高等部に進学した今。わたしが瀬名美月の双子の妹だって知っている人自体、殆どいないんじゃないかって思う。


 そのことにわたしは満足し、納得しているはずだった。誰からも好意を抱かれることのない代わりに理不尽な怒りをぶつけられることもない、自分で択んで手にした安寧な高校ライフ。そのはずなのに、わたしに対しても優しいお姉ちゃんはことあるごとにわたしのことを憐れむような目で見てくるようになった。学校では絶対に話しかけないで、と強く念押ししているから交わることこそないけれど、家ではことあるごとにわたしのことを気遣って、今日みたいにわたしに謝ってくる。別にお姉ちゃんが悪いわけでもないのに。


 そんな風にお姉ちゃんに気を使われると、わたしも本当に自分がかわいそうな子に見えてくる。そんな風に気持ちにさせるお姉ちゃんのことが、わたしはますます苦手になって行った。




 その日は目覚めの悪い夢を見たせいか、昼間の学校でもいろいろと失敗続きだった。授業中に上の空で不意打ちで先生にあてられて大恥をかくわ、昼休みの購買争奪戦でメロンパンがわたしの1人前で完売するわ、午後の体育でぼーっとしていたら飛んできたソフトボールがお腹にクリーンヒットするわ、もう踏んだり蹴ったりだった。


「はぁっ。ついてないな、わたし」


 いつも通りの1人きりの帰り道。わたしはそんなことを呟いてから、自嘲するような乾いた笑みを漏らしちゃう。


 ついてない、それを言うならば生まれた時からわたしはついてない。頭の良さも、運動神経も、全てお姉ちゃんに吸い取られてしまったようにわたしは空っぽで、何にもない。唯一持っているかもしれない、お姉ちゃん譲りの平均以上の顔立ちだってお姉ちゃんとの関係で生かそうという気にもなれない。最初からわたしは、不幸な星の下に生まれたんだ。


 そんなことを考えて俯いていて、前を見ていなかったからだった。


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