第147話 洗礼奉祀①

 キリスは早速、聖天珠と一緒に風呂敷に入っていた小さな巻物を広げ、その書物に書かれている絵に沿って両手をパッと前に突き出す。


 すると両手から念力が打ち放たれて塵や転がっていた小石を払いつつ、エテルネル族が使う言語の文字が入っている雪の結晶を象った複雑な模様が地面に瞬時に描かれていった。その直径は十メートルに及び、昨日行った治癒祷祀の時に描いたものより断然大きくそしてより複雑になっている。


「よし、あとは聖天珠をこの魔方陣の中心に置けば洗礼奉祀の手筈が整う」と言いながら念力で聖天珠を浮かして中央部分に出来た窪みに慎重に置く。


「やっぱりキリスさんって凄い方ですね。魔方陣って映画や本でしか見たこと無いので実物を見るのはこれで二回目です」


「それを言うなら私とてこの地球を訪れるまで映画と言うものを知らなかった。初めて目にした時、この惑星の民族というのはここまで想像力が豊かだったのかと非常に感銘を受けた。我々エテルネル族のようにスキルを持っていなくても、そういう空想を閃く高度な知性が備わっている。


そして更に驚きなのは、それを映像や彫刻、絵画などで形にする手段と技術を有しているということだ。そうして生み出された作品を見て魅了された人々の想像力が育まれていき、新たな技術を開発するという好循環が形成され、社会を豊かにしていく。


これは決して失われるべきものではない。後世に残すべき貴重な財産であり文化だ。是非とも同胞たちにも見せておきたいものだな。私の友にも……」と生き別れた友のことを思い浮かべ、悲しそうに話す。


「どこかで元気にやっていると思いますよ。きっと会えます」洸太がすかさず気遣う。


「そうだな。それぞれの民族の文化を互いに共有できる時を願って、この戦いを終らせなければ。さあ、儀式を始めようか」と言い、洸太に魔方陣の中央へ行くように促し、洸太は念力で身体を浮かして魔方陣の中心に降り立った。


「手順は頭に入っているな」


「はい。如何なることが起きようと、少しも動揺してはならない。雑念を振り払って頭を空にし、心と体をニーヴェ様に預けよ、ですね」巻物に記されていた重要事項を彼にもう一度確認するように訊ねる。


「そうだ。では、いくぞ!」と言い放ち、持っていた杖を棒術の達人の如く上下左右に華麗に回した後、杖の柄の先端を地面に突き立てた。


 すると、杖を突き立てた地面から亀裂が二方向に分かれて走っていく。まるで円を描くように魔方陣を取り囲んでいった亀裂が再び繋ぎ合わさった瞬間、亀裂に沿って地面ごと魔方陣が大地から切り離されてそのまま大空へ一直線に飛んでいった。


 宇宙に向けて発射するスペースシャトルのように、地球の重力に逆らいながら驚異的な速さで飛び、数千メートルの高さに到達したところで停止する。洸太は飛んでいく魔方陣の激しい揺れに立ったままなんとか耐え切った。


「洸太君、大丈夫か」と同じ高さまで浮かんで来たキリスが洸太に訊ねる。


「はい、問題ありません」


「これからだぞ。気を抜くな!」と言ってすぐ二人は何かを察知したかのように空に目を向ける。

 

 その時、ほんの小さな黒点が出現して収縮と拡大を数回繰り返したその直後に破裂するように急拡大してあっという間に空一面を覆っていった。その漆黒の空に小さな光の点が現れて、その後無数の輪となってまるで水滴が落ちて水面に波紋が広がっていくように大きくなった。

 

 その様子はまさに、空に巨大な「眼」が出現したかのようだった。その「眼」から途轍もなく神々しいオーラを纏っているが、あまりの凄さにより感知できないのか、そもそも洸太の感覚では神の波導を認知できないのか全く微動だにしていない。


 それどころか、人間の常識を超える不思議な出来事が起こっている中でも洸太は微塵も動揺する様子を見せず、現れたその「眼」を真っすぐ見つめる。しかし、やはり宇宙を統べる神としての威厳と迫力は圧倒的なものだった。

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