陰キャの俺の唯一の女友達は実は俺のことが好きらしい。

神崎郁

第1話 実は俺のことが好きらしい。

「あ、裕也おはよ。昨日出たワルレボの新譜聴いた?」


 今日も少しだけ億劫な気持ちで高校に向かっていると、可愛らしいボブヘアーを揺らし、美少女――黒瀬悠が今日もこちらにやって来た。


 彼女は俺の趣味を語り合う友達であり、同時に好きな人でもある。きっとマニアックな趣味を語れる人くらいにしか思ってないんだろうけど。


 ちなみに、ワルレボってのはWorldBreakRevolutionの略で、俺と彼女が好きなバンドである。


 知名度こそ高くないが、バンド名とは裏腹に演奏技術の高さとあらゆる感情を掛け合わせたようなエモーショナルな歌詞に定評がある。


「当然聴いた。良かったよなぁ。特にイントロのベースがいつも以上に変態で気持ちいいし」

「そうそう。でもいつもと違う憂いを帯びた感じのボーカルも良くて」


 だけど、それで良かった。黒瀬のような美少女と話せるだけでも俺にとっては身に余る位の幸福だし、何より楽しかったから。


 これはきっとどれだけ手を伸ばそうと絶対に届かないような、そんな恋なんだ。


===


 あれは去年、高校に入ってすぐのこと。クラスの自己紹介で盛大に滑り散らかした。


「好きなものはラノベと邦ロック、特にワルレボが好きです......(噛み噛み)」


 当然空気は凍り、5秒くらいの何とも言えない沈黙が降りたあと、何事も無かったかのように自己紹介は再開された。


 俺は思った。「終わったな」と。高校デビューに失敗は高校生活の終わりを意味するのだ。


 まぁ元々友達少ないし鼻から期待なんてしてなかったけどね......



 だが、その日、奇跡のような救いの手が降りた。


 放課後、沈んだ気分で帰宅していると、女子に話しかけられた。


「坂裕也君、だよね?」


 振り返るとそこには美少女がいた。


 確か同じクラスの......黒瀬だったか。きっと学校内でもでもトップクラスの容姿だろう。


 モデルみたいに小さな顔とややほっそりとした手足。可愛らしい若干茶髪のかかったボブヘアーはこの学校のややダサめな制服とも妙にマッチしている。


「黒瀬、さん?」

「私の名前、覚えててくれてたんだ。以外」

「何がですか」

「なんで敬語なの」


 微笑を浮かべて黒瀬は言う。


「とは言っても黒瀬さんみたいな高嶺の花に突然話しかけられたら敬語にもなりますよ」

「いやいや、誰だって、私だってただの人だよ」

「だとしてもどうして」


 美人局的な何かだろうか......怖すぎる。


「ちょっと仲良くなりたくてね。坂くん? でいいよね?」

「そうですか。はい。好きに呼んでください」

「だから、砕けていいって」


 黒瀬は続ける。


「ワルレボ、好きなんだよね? 実は私も好きなんだよね。周りに知ってる人いなくてさ。xneくんのボーカルと難解だけど深い歌詞が特に好き」


 マジか。ワルレボ、俺は好きだけど完全にスルメバンドって言っていい感じなのに。黒瀬が......?


 まぁ誰が何を好きでいようが自由だけどさ。


「マジですか。俺も好きです。でも意外ですね。何か1回聴いてハマる! みたいな感じじゃないですし」

「敬語はやめてって。私を何だと思ってるの」


 少しだけ強めの語気で念を押され、こちらも従うしかなくなる。


「そう、だね」

「よし。じゃあ、これからよろしく」


 こうして俺達は学校の人には秘密で友達として付き合っていくことになった。


 秘密なのはクラスの男子の間では高嶺の花的な黒瀬と仲良くしていることがバレると彼女にも被害が及びかねないからだ。


 という訳で、まぁ人生、どうなるか分かんないもんだ。


===


「ん? 起きてる?」

「あぁ、大丈夫だ」


 昔のことを思い出してセンチな気持ちになっちまったぜ。


 俺と黒瀬は、最初はぎこちなかったけどすぐ意気投合し、今では普通に喋れるし、互いの家をこっそり行き来くらいの仲になった。


 それだけで十分というか、贅沢すぎる。


 彼女は俺以上に音楽への造詣が深く、しかもラノベアニメ等のオタクカルチャーにもガッツリではないが触れている。


 それに容姿も成績もいいからどちらも並程度な俺は引け目を感じてしまう。


「ブレイクワールドってアニメ結構面白かったよな」

「坂が言うなら見てみよっかな。何だかんだでそう言う趣味も合うし」

「あ、そういえば黒瀬って今期の曇天の恋路の原作持ってたよな、良かったら今度貸して貰っても?」

「いいよー来週で大丈夫? 最高だから楽しみにしてて」

「ああ。楽しみにしてる」

「じゃあ、また今度ね」


 漫画を貸し借りするくらいの仲とはいえ、彼女と会うのは毎日という訳では無い。当然だ。彼女には彼女の付き合いがあるのだし。


 本当に、何で俺なんかと一年以上も一緒に居てくれるのだろう。


===


 放課後。俺は黒瀬の居ない日は大体1人で帰宅する。友達が全く居ない訳では無いけど道も違うし、かなりの遠回りをしてまで一緒に帰る程の仲でも無かったから。


「坂くん?」


 女子に声をかけられた。少し高めな可愛らしい声。振り返ると、多分同じクラスの女子がいた。


 めちゃくちゃ華がある容姿、という訳ではないが、低めの身長に幼いけど整った顔と、何だか小動物のような可愛らしさがある子だなと思った。


「えっと、一応名前聞いてもいいですか?」


 女子には敬語で話すのが礼儀だ。怖いしね。


「同じクラスなんだけどな......山井明那」

「俺は坂裕也です」

「一緒に珈琲飲みに行かない?」

「ん? 俺と?」



 彼女に連れてこられたのは学校から少し離れた所にある穴場の喫茶店だ。うちの学校の生徒どころか、そもそも客がほとんど居ない。


「で、なんで俺をここに呼び出したんですか?」

「いっつも女子には絶対敬語なの面白いね。私さ、ずっと坂くんのこと気になってたんだよね」

「え?」


 どういうことだ? 俺のどこに好きになるような要素があるというのだろう。


俺はただ、なあなあのコミュニケーションを適当にこなして名誉陰キャしてただけなのに......


 山井は少しだけ震える声で言葉を紡ぐ。


「落ち着きがあって気が使える所とか、必要以上に盛り上がり過ぎないけどやることはちゃんとやるところとか、好き、です」


 え? それだけ? 恋ってもっとドラマチックなものだと思ってたけど、案外そういうわけでもないのか......?


「私と、付き合って貰えませんか?」


 ほとんど関わりのない女子からの真正面からの告白。訳が分からない。山井は普通に可愛いと言えるような容姿だが、俺は彼女のことを何も知らない。


 それに何より、俺には好きな人がいるのだ。


 だから、その想いに応えることは出来ないけどせめて、俺の精一杯の誠意だけは伝えようと思った。


「えー、俺は山井さんのことを何も知らないし、好きな人がいるので。ごめんなさい」


「うん。まぁそうだよね。こっちこそごめん」


 そう言う彼女の表情は何かに刺されたようで、とても辛そうだった。だからって俺にはどうすることも出来ないのだけど。


「今日、送ってもいい?」


 無意識に、言葉が飛び出していた。


 夕日が刺す田舎街を無言で歩く。勿論彼女も何も言わず、空気が重い。俺はなんであんなことを言ったのだろう?


 女の子に1人で帰らせるのは危ないから? いや、違うな。これはきっと同情だ。


 叶わない恋の辛さは少しは分かるつもりだけど、彼女の場合、少ししか話せずに終わってしまうのだから少しでいいから一緒に居てあげないと思ってしまった。


 上から目線の感情だと分かっていながらも。


「この辺でいいよ。今日はありがと」


 彼女の家は俺の家の結構近所にあるみたいだった。


「こっちこそありがとうございます」

「敬語じゃなくても別にいいと思うよ。面白いけど、少なくとも私は自然体の坂くんを好きになったから」


 教室での俺の姿は自然体......なのだろうか。はっきりとは自分でも分からないから、わざわざそれに突っ込むのはやめよう。


 その時だった。


「え?」


 モデルのようなボブヘアーの美少女......黒瀬悠がそこに呆けたような表情で立っていた。


「坂と、明那? なんで......」

「私が坂くんに告白したの」


 俺が言うより先に山井が先制してそう言った。


「明那、坂のこと好きだったの?」

「えっと......俺......」

「坂、ごめん。ちょっと今整理できないかも」

「それってさ……」

「悠、ごめん」

「明那、こっちこそごめん。坂、行こ」


 黒瀬は俺の手を強く握り締めて、早歩きをする。黒瀬がこんなに動揺してるのを見るのは初めてで、しかもその理由も分からない。女心とか、わかるわけない。


「あの、黒瀬サン……?」

「ごめん。ほんとにごめん。嫌な奴だよね。私」

「そんなことな……」

「坂は! 私の事、特別だと思ってるかもしれないけど、違うんだよ。普通の、いや。自分のために友達傷つけるような奴だから」

「何で、そんなこと言うんだよ黒瀬は俺の憧れでいつも賢くて」

「憧れ、かぁ……うん。でもやっぱり賢くもないし坂が憧れるような人間じゃないよ。私。でもありがとう。嬉しい」

「……!」

「今日はもう帰るね。なんか自分が嫌になってきた」


 黒瀬が俺をどう思っているのか……それはもう鈍感な俺にだって分かる。わかってしまった。


 俺自身はこうなることを望んでたはずなのに、胸が苦しいんだからどうしようもない。


 彼女に俺はこれからどう接すればいいのだろうか?


 同じような思考がぐるぐると巡って訳が分からなくなる。


 きっと誰だって醜い一面の1つや2つ抱えてるものだ。


 ただ、俺は彼女に笑っていて欲しい。自分勝手かもしれないけど、それだけが、はっきりと俺の胸に鋭く刻まれた。

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