第5話 初耳の宿泊学習


 ーーお腹が空いているの。

 足りないの。

 あの子が欲しい。綺麗なあの子。

 誰より美味しそうなあの子。

 愛しい愛しいあの子。

 はやく、はやく。



 ーーなんか今日みんな、朝からザワザワしてない?


 それぞれ仲の良い子たちが集まって、ああでもないこうでもないと話しているようだった。

 今日、何かあったかな。


 朝の教室。

 愛花が気怠い頭でそう考えていると、夢が登校してきた。

 明るいツインテールが左右に舞った。今日も可愛い。


「おはよう!!」


 彼女がにこにこと笑っていると、こちらの気分も良くなってくる。


「愛花ちゃん、先週は楽しかったね。色々買い物もできたし、ほんとありがとう!!」

「あ、あはは、そうだね。楽しかった」


 少し苦笑い気味の愛花。

 あの後元の場所に戻ったはいいものの、夢と離れ離れになってしまい、なかなか出会えず、結局迷子の放送で呼び出されるという失態があったのだが、それは別の話。

 夢とショッピングモールで買い物をしたり、話をすることが楽しかったのは嘘ではない。


「あとさ今度、宿泊学習があるでしょう?」

「……え⁈」

「あれ、知らない? クラスのグループLINEで……あ、愛花ちゃん、スマホって……」


 ーースマホを持っていない弊害がでた!!


 宿泊学習とは、あの青年の家で"自然を体感"しようなる名目の元、行われる集団行事。キャンプファイヤーや、テント立て、スタンプラリーに、カレー作り。一般には、人生の中で光り輝く青春の一つ!  

 陰キャは陽キャの陰に隠れて、ひっそりと過ごす羽目になるという、悪夢の。


 ーーつまり、愛花の苦手とするもの。


 (高校1年の時に無かったから、このまま無いのかと思っていたのに…!! 

 普通1年でやるものでしょ)


 愕然としている愛花を尻目に、担任が教室に入ってきた。


「お前らー、席につけー」


 ホームルームが始まる。担任からプリントが配られ、予定表には宿泊学習の文字が……。


「来週のLHRまでに、主なグループと参加する実習決めてくれ。

 グループに関しては男女混合で、自由に決めてよし。掃除係、班長も決定しておくこと。カレー作りの割り当てはーー」


 ……グループ決め⁈


 混乱している愛花は全くついていけなかったが、担任はこざこざの用事を告げ、教室から出て行った。

 教室はザワザワしている。グループ決めをどうしようか、話し合っているのだ。今朝話していたこともそれ関係だと思うので、もう決まっている人は決まってるのだろう。


「愛花ちゃん、一緒のグループになろうね!」


 (スッゴくニコニコ笑ってるよ。どうしよう、周りの目が怖い)


 愛花と同じグループになる気満々の夢に、この機会に夢と仲良くなりたいと探る周囲。

 自分が周囲から浮いている自覚のある愛花は、この窮地をどうすべきか頭を回転させる。

 目立たずに、普通に、平凡に! 宿泊学習を過ごすためには、夢とは離れるべき。なんとか会話を自分と別のグループになるように誘導しなければ、幸せな高校生活はおくれまい。


「いや、夢ちゃんと一緒のグループになりたい子いるんじゃ……」

「私は愛花ちゃんと一緒がいいもん」


 純然たる好意は気持ちが良いが、目立ちたくないという気持ちが強い愛花には、今の状況は辛かった。

 キラキラしている夢の気分を悪くせずに、周囲とも交流するように持っていかなければいけない。でないと、愛花が周囲に恨まれる。


「じゃあ、キャンプの班を一緒にしようよ。スタンプラリーとかの班は別でさ」

「……え〜、一緒がいいな」


 先生は、全ての行事のグループを同じにしろとは言っていなかったはず。

 完全に自由で、グループに入れてもらえない人間のことを一切考えてない、放任のグループ決め。固定の方が楽は楽だけど、注視されるのは耐えられない。


「みんなも夢と一緒になりたいだろうし、この機会に色んな人と触れ合ったら良いと思う」


 周りと触れ合うべきなんて、どの口が言うのかと愛花は自分でも思った。しかし、今は夢の意識を周りに向かせたかった。


 自分は多分、彼の相手で精一杯。

 あのショッピングモールから、静かになってしまった彼。影の中に潜んで、家の中でさえ動かなくなってしまった。


 しかし、私が別の領域に入るとなったら絶対に何かしてくるに違いないのだ。これまでの経験から、愛花はそう思った。


 夜半。丑三つ時に入る前のこと。

 一つの影が愛花の家から出てきた。彼である。


 彼は闇夜に紛れて人形になると、地面をトンッと飛んだ。


 飛んだ先には、古びた神社があった。

 こじんまりとして、対して珍しげもない。しかし、それはただ存在しているだけで、忌避されるような雰囲気を帯びていた。普通の人間ならこれを目にしただけで逃げ帰るような、そんな恐ろしさが。


 そこの扉は閉じられていたはずなのだが、なぜか開いていた。

 風に揺れて、入口が揺れる。入口は揺れるも中は闇に閉ざされ、何も見えない。


「…………」


 彼は何かを確認するように、入口に近づくと、何やらツーッと開け口の、角上から角下まで、人差し指で撫でて閉めた。

 すると、震えるようにガタガタと扉が動く。左右に激しく揺れ、次第にその勢いが増す。


 ーーバンッッ!!


 そして、またその勢いのまま、扉が開かれた。


 彼の眉間に少し皺が寄る。不意に空を見上げ、しばらく注視した。彼には何か見えているのだろう。


「…………愚鈍」


 そのまま彼はしばらく空を見上げていたが、ある程度経ち、そう呟くと仕方なさそうに、扉を閉められる限界まで閉めて、彼は帰って行った。


 彼が帰った後のサワサワと揺れる周囲の林は、一切のーー虫や鳥でさえーー気配なく、不気味だ。そんな中で、小さく笑う声がした。……それは幻である。

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