帰郷
千沢町から樹茨町までバスで二時間。そして樹茨町からバスと徒歩でまた二時間行った所に、秦達の故郷千鶴沢が有る。
廃村なので直接的のバス停はなく、運転手さんに適当な所で降ろして貰う。その為、帰りはバス停まで更に歩かないといけないので更に大変。
「ふ~、やっま道やっま道で大変だぜ」
途中下車させてくれた運転手さんに礼を言って、奏は道路を横断する。かなり山深い所だ。そして道路脇の柵を越え、山の中に入って行く。
ここからは獣道すらない本当の山である。秘境、という顕し方が本当の意味でぴったりくる。千鶴沢は山間に在る静かな村であった。緑の深い、隔離された村。入るのも、出るのも獣の顔色を窺いながらこっそりと行わないといけない様な、まさに陸の孤島である。
そんな千鶴沢が変わり始めたのが今から二十年前。この辺りの村や沢を統合して大きな町にしようと言う計画が立ち上がり、プロジェクトとして進められた。そうして作られたのが千の沢を集めて作られた町、千沢町だ。そして十年前。住人は、全員でも移住を決定。千鶴沢は廃村となった次第である。
特に千鶴沢は村主だった守上家が、さっさと都会に引っ越してしまったので割と早い内に廃村となったと聞く。森神の信仰の篤かった人の反対も多かったが、守上、祇蔵の家が出て行ってしまえば、それこそ信仰も在った物じゃない訳だ。
「ここ…だなあ。やっぱり双樹、千鶴沢に来てるな」
奏はついさっき出来たらしい轍を踏み締める。さっきから奏が進もう進もうとする場所の草が踏み倒されているのは、双樹も仕業だろう。
「さって、千鶴沢での忘れ物は何だったんだろうな……と言うか、轍があるから迷いはしないけど、一体どれだけ山道歩く事になるのかね~…」
歩く度に木々が揺れ、袖を引っ張るのが、行くなと引き止めている様で耳障りだった。
夏の青葉に満たされた錐鉢。それが千鶴沢の地形だ。
なだらかな斜面は北から南に下る一方向だけで、他三方は家を建てるに適さない急斜面。盆地一個分の面積に数十の家々が点在しているだけの寂しい所である。
しかも廃棄された十年で完全に自然に侵食されていた。田畑は愚か、道と呼ばれていた所にまで緑が生い茂り、十年分の木々草花に覆われた村は、山を切り開いて作った人工ではなく、森に作った加工の様に見える。
新たな木々はまだ低いが、いずれ侵食を加速させ、村を覆い尽くしてしまうのだろう。
「ふぅ……雨小僧と夏啼きの載っている文献を探さないといけないのだけれど…」
そんな消え行く故郷で一人、双樹は特な感慨もなく行くべき所を思案する。
「調べ物なら『祇蔵』の家か『守神』の家かな。でも奏くんの家に行くなら一言言うべきだろうし……」
双樹は村の西、山の中に偉そうに作られた鳥居を眺めた。
千鶴沢を守る『鶴賀神社』。双樹の元家である。守上家には、地元密着型の様々な蔵書があり、小さな頃に読み漁った記憶が有る。…と言っても描かれてある絵を見ながら誰かに教えて貰ったりしていただけだが。きっとこの村に関する不思議な事の資料も有る事だろう。
「いやね、こんな帰郷。風景が変わってて懐かしさもない」
双樹は自分でも良く分からない怒りの様な物を吐き出しつつ、廃墟マニアが見たら喜びそうな景色の中をひたすら歩くのだった。
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