騒ぎの後に

「信じられない…本当、こういう事するなんて」

 電灯も乏しい暗い夜の道、二人で双樹の家に向かう道すがら。奏と双樹は火照った体を夏の夜の涼しさを感じていた。

「仕方ないだろ。こうするしかなかったんだ。俺も男さ」

「男だって……ずるい言い訳よ…」

 双樹は怒り、熱い息を吐く。薄明りだけが二人を照らす宵の入り。月の光だけが輪郭を強く持ち、夜の帳は曖昧に世界を覆う。

「本当、ずるい人。そんな風に言われたら怒れないじゃない」

 空は深く、星は輝く。二人ともがどこかはにかむような気恥かしさを秘めているのは、きっと夏の夜の持つ魔力みたいなものだろう。

「あれって…謝ってただけじゃない。説得しようとか色々話し合ったのはどうしたのよ」

 そんな魔法の夜で双樹は、先程のかなとの遣り取りの時の奏の行動に怒っていた。

 いや、怒ると言うよりは驚くと言うか、興奮していると言うか、多分珍しく自分でも良く分かっていない感情に身を任せていた。

「いや~、だって考える程に全部違うなって思っちゃってさ」

 奏は、たはは~と笑った。そんな奏に、双樹はもういいわよ、とそっぽを向いてしまった。

 そんな風に一方は楽しそうで一方は不機嫌に。いつも通りの気軽な光景。二人にとってはとてもしっくりと来る、収まりの良い距離であった。

「あ、ところでさ」

「うん?」

 歩き出す双樹の後姿に、奏は大木を見上げる彼女の横顔を思い出した。不思議と言うほかなかった再開の日。とても唐突で、しかし彼女は余りにも昔のままだったから。

「再会したあの日さ、双樹は何であそこに居たんだ?」

「ん、あれ…ね?」

 尋ねられた双樹は少しばかり考えている様子。やがて奏の方を振り返り、逆に聞いた。

「奏くんは、何でなの?」

「俺は……あれだよ、思い付きで」

『女の子の泣き声が聞こえて、女の子を探して居たらあの場所に出て、双樹が居た』

 という少々おかしな話をする事は躊躇われた。奏も………そして双樹だってだ。

「そう…なら私も思い付き」

 双樹はほんの少し笑いみたいな表情を作る。だから奏は何も聞けず、ただ空を見上げた。

「帰ろっか」

「ああ、帰ろう…というか俺は送ろう、か?」

 笑い合って、二人は歩き出す。二人の間に降りて来るのは沈黙。けれど嫌な物じゃなかった。互いの距離はいつも通り、同じ鼓動。次の足音さえも知っている。

 黙って歩く二人。大切な事をまだ置き去りに、大事な事を忘れたまま。

 並んで歩く二人。そんな二人の歩く先にはもう暑い季節が待っていた。

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