渚と璃音のプライベート
日々は流れ、あっという間にゴールデンウィークだ。
学校も今日から休みになり、夏休みや冬休み……春休みを除いてそれなりに長い休日が続く。
当初の予定通り、両親は旅行へと向かう――つまり、璃音が今日から三日ほど泊まるということだ。
「……一応部屋を掃除したけどどうだかなぁ」
璃音が使う用の部屋はちゃんと用意したが、掃除をしている間ずっと母さんが無駄じゃないかって笑ってたのは解せない。
……まあ、俺も少し思ったけど。
既に両親は二人とも出掛けており、俺としては璃音が来るのを待つだけだ。
「……途中まで迎えに行くか」
両親が出たということはあっちの両親も同じなので、璃音は勝手に歩いてくるから出迎えは要らないって言ってたけど……こうして気になるのも幼馴染としての性ってやつだよな。
そうと決まれば行動は素早く!
しかし、外に出てすぐこちらに歩いてくる璃音と目が合った。
「あ……」
「ふふっ、迎えは要らないって言ったじゃないですか」
そうは言いつつ、俺の行動を予測していたかのように笑う璃音に恥ずかしくなった。
季節に合った純白のワンピース姿はとても可愛らしく、そんな姿にマッチするかのような俺のプレゼントしたベレー帽と……いやいや、これは俺のプレゼントがセンス良いとかそういう話じゃなく、それをここまで似合わせてきた璃音が流石なんだ。
「どうしました?」
「……いや、何でもない」
ぶっちゃけ……可愛いなって見惚れてた。
これで一人街に出たら果たしてどんな風に声を掛けられるか……ナンパはもちろんされるだろうけど、体の弱い璃音だからこそそれは絶対に避けたい案件だ。
隣に並んだ璃音から無言で大きな鞄を受け取る。
流石に三日分の着替えやら、その他の荷物が入っているらしくそこそこに重たい。
「持ってくれるんですか?」
「当たり前だろ? むしろ、こんな風に荷物が多くなることは分かってたから家まで行くべきだった」
「来なくていいと言ったのは私ですよ?」
「それでもだ……俺がそうしたかっただけ」
「……ありがとうございますナギ君」
よし、それじゃあさっさと帰るか。
俺たちにしては珍しく口数が少なく歩く……だが、決して居心地が悪いなんてことはなくむしろ安心するゆったりとした空気だった。
特に寄り道もしなかったのですぐ家に着き、玄関を潜る。
「ただいまです」
「君がそう言うのか」
「だって私にとってはずっと行ったり来たりする家ですから。ただいまと言っても差し支えないのでは?」
「確かに……つうことは俺がそっちに行った時にただいまって言っても大丈夫ってことだな」
「それはもちろんですよ。私もそうですが、父と母もおかえりと言ってくれるはずです」
それは嬉しいことだ。
家に入ってまずすることは彼女の荷物を置くこと……俺の部屋の前を通って用意した部屋に向かおうとしたのだが、璃音はおやっといった様子で首を傾げてその場で留まっている。
「どうした?」
「部屋、過ぎましたよ?」
「……………」
彼女が指を向けるのは俺の部屋……つまりそういうこと?
「一応さ、璃音は今回三日間泊まるわけだ」
「はい」
「だからその分、過ごせる君用の部屋を用意したんだけど?」
「……ふむ、確かに一理ありますね」
璃音は頷き、特に何かを言うことなく付いてくる。
流石に急ごしらえというか、このためだけに用意したので簡単な家具しか置かれていない。
「ありがとうございますナギ君」
「いいよ」
「ここで着替えをさせてもらいますね」
「着替え……うん」
「それ以外はナギ君の部屋で過ごさせてください」
「寝るのは……?」
「もちろんナギ君の部屋ですよ? ただ……今回は敷布団を借りようかと思います。三日間も同じベッドで寝るのはナギ君嫌でしょう?」
……いやぁ、嫌じゃないんだけどな。
単に俺たちももう高校生だし、いくら仲の良い幼馴染とはいえガキの頃とは違うわけだしなぁ……ってあれ、ちょっと残念に思ったかも。
「ふふっ」
璃音はニコッと微笑み、後ろで手を繋ぎながら俺を見上げて囁く。
「では、一緒に寝ましょうか」
「……………」
「これは単に私が一緒に寝たいだけ、ということにしておけばナギ君としても気は楽では?」
「それは楽って言うのか……?」
「言いますよ。では決定です――この三日間、私はあなたのベッドで一緒に寝ます。無防備に、可愛らしいパジャマを着て」
「わざわざそこまで言わんでよろしい!」
ええい、ペロッと舌を出すんじゃない。
そういう仕草が君にはあまりにも似合いすぎるし、何より高校生になってから魅力マシマシだからドキッとするに決まってんだろうが!
荷物を置いてからリビングに移動し、何をするかと考えながら揃ってソファに腰を落ち着けた。
「今日からゴールデンウィークなんですからのんびりしましょうか」
「そうだなぁ……特に宿題もないし用事も明後日くらいだし……あ」
「どうしました?」
そういえばと俺は立ち上がり、冷蔵庫に向かう。
中を確認すると思った通り食材が少なくなっており、母さんが買い足しておきなさいと言ってお金を置いていたことも思い出す。
「悪い、夕方くらいに買い物行かないとだわ」
「食材の?」
「あぁ……外に食いに行っても良いし出前を頼むでもありだけど、璃音の料理を食べたいって我儘を言って良い?」
「良いですよ。そういうことなら絶対に買いに行きましょうね」
……俺、今の一瞬で凄く恥ずかしいことを言った気が……いや言ってるわ確実に。
まあでも璃音の手料理は美味しいからなぁ。
まだ少ししか食べる機会はなかったけど、あれくらい美味しいなら何度だって食べたいくらいだし。
「最近は……どうだ?」
「体のことですか?」
「あぁ」
「ずっと傍に居るから分かってるでしょう?」
「それでもさ」
それでも気になるものは気になるんだ。
璃音は隣に座る俺の肩に頭を乗せるように体を預け、落ち着いた聞き取りやすい声音で言葉を続けた。
「体の方は本当に大丈夫ですよ。ナギ君が居ない時や、両親が居ない時に隠れて痛みを堪えたりとか……そういうことは一切ありません。自分で言うのもなんですけれど、あまりにも健康体です」
「……そっか」
「はい――むしろ、そうでなければ困るというものです。私の命が救われたこと、そこに込められた想いを私は知っているのですから」
「それは……」
「治ってほしいってあなたは願ってくれたでしょう?」
確かに、俺はずっと璃音の病気が治ることを祈っていた。
俺の願いが通じたからとかそういう都合の良い話じゃないのは分かってるけど……ま、それだけの奇跡が起きたんだもんな。
「ナギ君は……とても優しい人です」
「優しいかねぇ」
「優しいですよ。時に馬鹿になりますが」
「一言多いねん」
「ちょ、ちょっと髪の毛をわしゃわしゃしないでくださいって!」
なんつうか……これがもう璃音に対する反撃になってきたな。
せっかくセットされていたサラサラな髪が少し大変なことになってしまい、璃音はこれでもかと俺を睨みつけたが……まるでこのやり取りさえも楽しいのかすぐに微笑み、えいっと声を上げて俺の腕を抱いた。
「かつて私はナギ君のことが信じられず、冷たい態度ばかりを取ってしまいましたが……気付けば私の傍にはナギ君が居るのが当たり前になったんです。この温もりが……当たり前に」
「……………」
「ちなみに、私がしばらく無視をした時はどう思いましたか?」
一つだけ無性に気になってしまうソレをどうにか考えないようにしながら、俺は当然のように答える。
「クッソ生意気な奴だなって思った」
「でしょうね。私だって同じ立場ならそう思いますから」
どうやら璃音も自覚があったらしい。
……というか璃音、こうされると腕に押し当てられる感触が気になって仕方ないんだが……気にしないようになんて無理な話だよ全く。
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