心願成就

 俺は璃音の為なら何でも出来る……勢いでそういうことは言えるかもしれないが、実際何が出来るんだろうか。

 体の弱い彼女の傍に居る?

 彼女に何かあっても良いように傍で守る?

 ……言うだけならあまりにも簡単だが、もしもそれを璃音が必要としなくなった時、俺はどうすべきなんだろうと思うことがある。


『ナギ君』


 ふとした時、俺の名を呼ぶ彼女が脳裏に浮かぶ。

 純粋に呼んでくれる時、揶揄いたいがために呼ぶ時……色んな表情の璃音が脳裏に浮かぶくらいには彼女との付き合いはあまりにも長い。

 思えば十年くらいは一緒に居るのか……まあ、そりゃそうなるわな。


『もし……もしもこれ以上体が悪くなってしまった時、私が声を発せなくなるほどになったとしても、ナギ君は傍に居てくれるんですか?』


 璃音は不安そうな表情を見せないし、雰囲気も他人に気取らせない。

 その在り方を強いなと思うこともあれば、何かあった時に内に溜め込みすぎてしまわないかと不安になることもあった。

 総じて……俺は璃音という幼馴染を放っておけない。

 お互いにまだ子供で将来の歩み方が分かたれたわけでもない……そんな今だからこそ、俺は彼女の傍に居たいと願っている。


▽▼


「……っ!?」

「渚!?」

「起きたのか!?」


 っ……なんだ敵襲か!?

 突然に鼓膜を震わせた大きな声にビビったのもそうだが、眼前に広がった父さんの泣き顔があまりにもアレだったので、ついガツンと勢いよく手を出してしまった。


「がふっ!?」


 鼻っ柱を殴る……というほどじゃないが、結構な勢いで父さんの顔に手の平が直撃した。

 父さんはそれでも決して退くことはせず、痛みを堪えるように涙目で俺を見つめ続け……って怖いわ!


「な、なんでそんな泣いて……うん?」


 っと、そこで俺は自分がベッドの上に居ることに気付く。

 なんでベッドの上に……? ここは俺の部屋ではなく病室……ということは病院で……あれ? 何がどうなってるんだ!?

 俺は混乱の極みに居たが、すぐに思い出したことがある――璃音だ。


「璃音……璃音はどうなったんだ!?」


 俺のことよりも璃音だ……あの子はどうなったんだ!

 寝起きということもあって記憶が曖昧というか、少し靄が掛かったようにボーッとしている……そんな俺にこの場で一番落ち着いている母さんが教えてくれた。


「璃音ちゃんは無事よ。ちゃんと目を覚ましてくれて」

「……そっか」


 その一言に肩の力が抜けた。

 力だけでなく体温さえも抜け出ていくような気がして一瞬気持ち悪くなってしまったが、深呼吸をすることで調子を整える。


「璃音ちゃんなぁ! 目を覚ましただけじゃなくて病気も治ったんだ! お医者様が奇跡を目の当たりにしたって言ってたんだぞ!」


 感極まった父さんの言葉に俺は目を丸くする。

 璃音の病気が……治った!?


「原因不明の心臓病……こう言ってはなんだが治るはずはないって言われていたのは渚も知ってるはずだ。それがまるで最初からそんな病になっていなかったかのように璃音ちゃんは元気になったんだ」

「へ、へぇ……」


 俺……もしかして夢見てる?

 ついこれが夢かどうか確かめるために頬を思いっきり抓ってみた……めっちゃ痛くて血でも出たんじゃないかって思った。

 俺はとにかく璃音に会いたくなり、両親の制止を振り払うように病室を飛び出て彼女の元へ向かう。


「璃音!」

「ナギ君!?」


 隣の病室だったので着くのはすぐだったが、琢磨さんや胡桃さんを含め先生たちに囲まれた璃音がベッドの上に居る。

 彼女は一切苦しそうな表情を見せておらず、それどころか突然現れた俺に対して目を丸くするという満点のリアクションだ。


「……璃音……璃音っ!!」


 璃音の顔を見た瞬間、ぶわっと涙が零れ出てくる。

 父さんが言っていたように確かに璃音は元気そうだ……よろよろと彼女に近付き手を伸ばすと、璃音はそっと俺の手を握り返してくれた。


「ナギ君……その、治っちゃいました」


 自分自身にも何が起きたのか分からない。

 そんな様子を感じさせながらも、璃音も俺と同じように涙を流しなら笑みを浮かべ、本当に治ったんだと俺を安心させてくれるのだった。


(ったく……一体何がどうなってんだ? いやいや、嬉しいことに変わりないんだけどあまりにも都合が良すぎっていうか)


 というよりもっと感動しても良いはず……いや、普通にしているんだがさっきも思ったけど妙に頭がふわふわしてるんだ。

 何かを忘れているような……何か思い出さないといけないことがあるようなそんな気がずっとしている――そんな風に考えていた時、ガシッと肩に手を置かれた。


「彼女が助かったことは奇跡だ。そして何より感動する君たちの会話を邪魔するのは忍びない。しかし目を覚まして早々すまないが君も検査をすることになっている」

「えっ!?」


 検査……検査!?

 それから俺は璃音と引き離され、体の隅から隅まで検査を行った。

 その理由と言うのももっともなもので、俺は目を覚ました璃音の病室に入った瞬間に倒れたらしいのだ。

 一応その時にも検査はしたのだが、改めてすることに。

 結果――俺の体は至って正常であり、病気の類は何も見つからなかったのだから安心だ。


「……単に疲れが溜まっていたのか? それにしては……う~む」


 何もなかったことに頭を抱える先生だったが、何もないことに越したことはないからなぁ。

 というより早くまた璃音に会いたいんだが……。

 両親も先生も俺の様子に気付き苦笑した。


「本当にこの子は自分のことより璃音ちゃんなのね」

「何もなかったから良かったがな……誰に似たんだか」

「ははっ、ですが一先ずは安心して良いでしょう。しばらくは様子を見ることになりそうですがね」


 様子を見る……か。

 確かに突然倒れたのに何もないというのは怖いけど、本当に自分でもビックリするくらいに体は軽い……たぶんこれって、璃音のことに関する重荷が取れたからなんじゃないのか?


「あの……本当に大丈夫なんですけど」


 そう伝えると、先生はだろうねと笑ったがこう言葉を続けた。


「しっかり検査をしてほしい、そう言ったのは璃音さんのご両親でね」

「琢磨さんたちが?」

「あぁ。私が実際にその現場を見たわけじゃないが、君が力を失って倒れた様子が璃音さんと重なったようでね。それで必要以上に心配に思ったみたいなんだ」

「……そうだったんですね」


 そうだったのか……なら後で心配を掛けてしまったことのお詫び、そして気に掛けてくれたことのお礼を言わないとだな。

 その後、俺は璃音の元に戻ったのだが……そこからが大変だった。

 璃音は俺から離れることをせず、俺を含め両親たちの言葉さえ何も聞き入れないほど……それだけ彼女は俺の手を掴んで離さなかった。


『今日くらいいいじゃないですか……我儘なのは分かってます。居なくなったら嫌いになりますから』


 とまあ……そんなことを言われたわけだ。

 本来であれば許されることのないはずだけど、今日だけは璃音の元で一夜を明かす許可をもらえ……何が言いたいかと言うと、俺はこの病室で泊まることになった。


「……なあ璃音?」

「なんですか?」

「なんかさぁ……もっと色々と話すことはあるんだろうけど、流石の俺も色々ありすぎて疲れたわ」


 そう……本来話さないといけないこと、そしてしないといけないことってのは多いはずだ。

 でももう夜遅いし、とにもかくにもま~じで疲れた。

 璃音も病が治ったとはいえ、あり得ないことだらけなのでしばらくは経過観察らしいし……お互いに今は休もう。


「……良かった、璃音」

「……はい。ありがとうナギ君」


 そんな言葉を最後に、俺と璃音は眠りに就いた。


▽▼


 あまりにも……あまりにもあっさり物事は進んだように思える。


「……そうだ。俺は確か――」


 深夜、俺は唐突に目を覚ました。

 璃音を起こさないようにゆっくりベッドから出て暗い廊下を歩く……巡回する看護師さんの誰とも遭遇することなく向かった先はあの椅子だ。


「あら、来たのですね」


 そこには彼女が座っていた……璃音を助けると言った神のような存在が。

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