勇者の従者
ももも
勇者の従者
何者かになりたかった。
魔物の影に怯え、わずかな糧に感謝して、来る日も来る日も同じことの繰り返しの空っぽの人生なんて歩みたくなかった。
かといって、さしたる才能もなかった。
魔法は火を灯せる程度、剣を握ることができても魔物に立ち向かう勇気がない。
ないない尽くしなくせに人並み以上にプライドも自己顕示欲もあり、俺はいつか何かを成し遂げる人間だという謎の自信があった。平凡で何もない村に生まれたから埋もれているだけ。村人Aのまま終わるはずがないと信じていた。
そんな俺に転機が訪れたのは、勇者がこの村を訪れた時のことだった。
勇者の従者、これしかない。
剣士にも魔法使いにもなれない俺が何かになれるチャンスだった。
コネがないなら正面突破しかないと、勇者一行が泊まる宿に押しかけ、なんでもするから旅の仲間に入れてくださいと直談判すれば、ちょうど雑用係を探していたとあっさり受け入れられた。
村人たちから「達者でな」と見送られる中、俺が次にこの村に帰る時は凱旋で、ここに記念碑が建てられる夢を見た。
勇者は神に選ばれた存在と言えた。
作り物のように整った顔で剣も魔法も超一流。身分能力関係なく、誰とでも分け隔てなく接してくれる。勇者の隣にいるだけで俺という人間が何段階もランクアップした気分になれた。
ただ一つ問題があるとするなら、彼一人でなんでもできてしまう点だろう。ハタから見て、あいつ一人でいいんじゃね?と思う場面が何度もあった。
勇者一行は誰もが才能に溢れており、才能に見合う努力も怠っていなかった。
だが勇者は違う。才能とかそういう次元を超えた何かであった。
例えばだ。魔法使いが何年も研鑽してようやく完成させた大魔法を、勇者は一目見ただけで同じことができた。
そりゃあ、心が折れる。ポッキリと。
誰もがたどり着けなかった何かを為すには、努力だけではなく自分にしかできないのだという思い込みと自信が必要だ。いろんなものを捨て、やりたかったことをいくつも諦めて、途中何度も挫けそうになって、ようやく成し遂げられるのだ。
結果がすべてではない、その過程もまた大事だというけれど、過程を吹っ飛ばして、人生を削って得たものを颯爽と横から奪われる恐怖が勇者にはあった。
勇者と付き合いが長くなるほど、果たして自分が今まで築き上げてきたものはなんだったのかと精神的に追い込まれるのだ。
表面では問題がないように思えた人間関係も、裏を返せばこじれにこじれていた。
俺はそんな勇者一行を少し離れた位置から見ていた。
メインの仕事は事務関係。
宿の手配や、次に訪れる町への事前周知、物資の調達、洗濯、帳簿、その他細々とした手続きなど、やることはいくらでもあった。地味で誰でもできる仕事と思われて、やれて当たり前。うまくやるにはコツとか段取りとか必要なのだが、そこら辺は無視されがちよね。
俺としては勇者の従者という、せっかく手に入れた地位を手放すわけにはいかないので、便利なコマ遣いポジションでよかった。
旅の途中で仲間は入れ替わり立ち替わり、新参者の俺はやがて古株になり気づいた時には唯一の固定メンバーになっていた。
「僕とここまで付き合ってくれたのは君が初めてだ。ありがとう」
旅を始めてそれなりの月日が経った頃、焚き火を前にして勇者はいった。今日もまた一人、旅の仲間が離脱した。もう何人目か分からない。
このパーティから離脱したいと仲間が告げる時、勇者はいつも笑っていたから仲間なんて誰でもいいかと思っていたが、彼にも寂しいという感情があるのだと初めて気づいた。満更でもなかった。
それからなんだかんだあって魔王を倒した。世界は平和になりました。めでたしめでたし。
勇者の従者もお役目御免だろうが、勇者とのコネを有効活用して俺はそれなりの地位も金も得ていた。旅の途中にずっと書いていた勇者列伝は世界中で売れて印税はウハウハだ。
でも何者かになれたかと問われたら、答えばノーだ。
みんなの記憶に残るのは魔王を倒した勇者だけ。隣の俺なんて誰もみてくれない。
誰かの付属品としてではなく、俺本体を見てその価値を認めて欲しい。そのためには勇者しか離れるしかない。
なのにあいつときたら「また旅に出る。これからも一緒にいて欲しい」と言ってきた。いやだと即答した。俺でなくてもいいだろうと返したら「僕のことを誰よりも理解して、受け入れてくれたのは君だけなんだ」と言われた。
逃げた。俺は勇者の従者以外の何者かになりたいのだ。
逃げ切れる自信はあった。長年、あいつと各地を旅をしてきたのだ。癖とか好みとか、あいつの行かなそうな場所とか把握している。
でもダメだった。三日で捕まった。
だいぶ距離を稼げたと安心して、たどり着いた村で宿舎の扉を開いたら、すぐそばのテーブルに勇者が座って待ち構えていた。
あいつは俺を見るなり「僕がここまで本気を出したのは魔王戦以来だよ」と言った。怖すぎる。なんなの。
流されるまま勇者と再び旅をすることになった。魔王軍残党の片付けやサブクエなど勇者がやるべき仕事は残っていた。でも俺は俺の人生を歩むことを諦めていなかった。表向きは従者に徹し、陰でコソコソ勇者に隠れ従者ポジションの脱却を図るべく機会を窺っていた。
そして再び転機が訪れた。
平和な世界に勇者はいらぬ勢力が力をつけてきたのだ。
魔王を倒した勇者はどの国の民衆からも大人気で、うちの国王になって欲しいという声もある。
勇者に惚れた姫と結婚していれば何も問題がなかったのに、あいつときたらすげなく断った。
他にも大臣の娘とかいろんな国からの縁談話はいくらでも来ていたが、やつは片っ端から断った。菓子折り持って断りに行く俺の心労を少しは考えてほしい。
その気を出せば一人で一国をひっくり返せる力を持つのに、どの勢力にもつかず、各地をうろつきまわり、どこにいるのか分からない。
はっきり言って目の上のたんこぶだ。政治的不安要素と言っていい。
お偉いさんたちが勇者を排除したい気持ちは分からなくはなかった。
なので魔王を復活させ、うまいことコントロールして勇者を倒す計画があると聞いた時は、やっぱりなと思った。
だが魔王復活の儀式には勇者と近しい人間の血肉が必要で、でも身寄りのない勇者と血縁関係にある者はいない。そこで代打案として従者の俺が生贄に選ばれたと聞いた時は、流石に耳を疑った。
本気で言ってる? 儀式なめてない?
でも俺はあえて計画に乗ることにして、魔王復活を目論んだ連中にわざと攫われた。そして生贄にされる直前で、再生術式に手を加え魔王の体を乗っ取った。
ぶっちゃけ、一か八かの賭けだった。
俺が村をでた頃だったら、術式をいじることなんて絶対にできなかっただろうし、できたところで魔王の死体に未だに残っている自我に瞬時に叩き潰されていただろう。けれど俺だって長年、勇者のそばにいてそれなりの経験を積んできたのだ。一流とは言えないものの大抵のことならできるようになっている。勇者の従者、なめんな。
支配下に置けるよう魔王の体とか頭とか色々といじられた影響で魔王の自我が弱っていたのもあり、かろうじて脇に寄せることができた。俺は勇者の従者から魔王へとクラスチェンジした。
名実ともに魔王になった俺は魔王らしく振舞って魔族たちの生き残りをかき集め、邪竜たちを復活させた。今まで培ってきた交渉力が功をなした。魔王さま、顔も雰囲気も庶民っぽくなりましたねと言ったやつの尻尾は黒焦げにしてやった。
着々と世界征服は進んだ。むしろ順調すぎた。というのも勇者がいつまでも来ないのだ。
奴がようやく現れたのは世界の半分の土地が俺のものになった段階だった。
久々に会う勇者はすっげぇめんどくさそうな顔をして、頼まれたから仕方なく来たという感じで、それでいいのか勇者と俺は呆れ果てた。
だがそんな勇者は俺を見るなり、目を輝かせた。
「やっと会えた」
そこでようやく今までお前が現れなかった理由が分かった。お前の前から姿を消した俺をずっと探していたのだ。いや、そんな理由で世界征服一歩手前まで放置するなよ。
「ところでなんで魔王になっているの?」
「お前を超えるためだ」
俺の言葉を聞いて、お前は目をぱちぱちさせた。そんな表情を浮かべると予期していた。
次にお前は笑うだろう。お前が笑う時って、大抵、よく分からない事態に遭遇した時だって、付き合いが長いから知っているんだ。笑っておけば、やり過ごせると思っているんだろう。だから別れを告げる仲間たちに笑顔で対応なんて出来るんだ。そんなお前のへらついた顔が大嫌いだった。
お前は人の心が分からない。人の痛みが分からない。劣等感も嫉妬も分からない。人が待ち合わせる負の感情をまるで理解できない。だから人が離れていく。なのに理由が分からないから、また同じことを繰り返す。
俺にはお前に奪われたくない才能とか培ってきた何かがないから、ようは空っぽだったから、他の人間よりも多少長く保っただけだ。それでもさ、すべてを持っている人間の隣にいるのは辛いと思う時があるわけよ。
だがそんな俺にも幸運が訪れて力を得た。なら下剋上とやらをやってみたいだろう? 誰もが認める勇者を倒せたら最高だろう?
今日この日のためにリソースを貯めに貯めたのだ。
お前にはこの気持ちは分からない。いつものように笑えよ。その面、歪ませてやるから。
俺の眼光を受け、勇者は笑った。
けれどいつもの作られた笑顔ではなかった。唇の端を大きく上げて三日月を浮かべたような笑顔で、初めて触れたお前の生の感情に思わず身がすくんだ。
「そんな目を向けられたのは生まれて初めてだ」
勇者は剣を構え、喉を振るわせ嬉しそうに言った。魔王と戦ったあの時でさえ見たことのない顔だった。
戦いは三日三晩続いたが、ついに終わりを迎えた。
胸に刺さった勇者の剣を眺める。
俺はお前を乗り越えることもできず、勇者の従者以外の何者にもなれないまま死ぬ。
お前を勇者というはるか高みの場所からひきずりおろして、俺たちと同じ人間なんだと思わせたかった。なのにお前ときたらさっきまで「全力で戦えて楽しい」という顔をしていて、今は力なくお前に体を預けた俺のことをポカンと見ている。震える手で俺の体を抱きしめ、俺の命がもう長くないと悟ると戸惑った顔をした。これまた見たことがない表情だと弱々しく笑った。
お前にはこれからの人生、どうしてこうなってしまったんだと百万回ぐらい胸に問うてほしい。それで何かつかめるものがあったら、俺以外の人間にも歩み寄れる日が来るんじゃないだろうか。だとしたら俺も死に甲斐がある。
嘘だ、嘘。認めるよ。俺もまたお前という強烈な存在に惹かれていた。けれどお前を勝手に羨望して、勝手に絶望して、お前から離れていく有象無象にはなりたくなかった。
お前の特別になりたかった。でも従者のままはイヤだ。お前と対等な立場まで登り詰めたかった。そんな意地だけでここまで来れたのだから大したものだろう。
勇者とか関係ない。何をやらせても完璧なくせに、人付き合いだけは死ぬほど下手くそで、一人がイヤなのに人の心が分からないから、やっぱり傷つけてしまう。そんなどうしようもないお前という人間に、俺の死をもって俺の存在が一生傷跡として残せるのなら、たとえ何者にもなれなかったとしても、俺の人生は悪くはないのでは。
そう思って目を閉じた。
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