第5話

 三度目の出直し訪問。牧村の部屋の前に立っている。


 『牧村さんがね、アンタの身元保証人になるっていうんだよ』


 大家からの電話で、そう聞かされても、何が何だか解らなかった。

 時計の針は23時を回っているが、どうしても今日中に、彼に真意を聞きたかった。


 ついさっきの物音で、牧村が帰宅したのは判っていた。ドア横の窓に明かりが見えて、帰宅したのを改めて確認する。


 ピンポーン。

 チャイムを鳴らして、一歩後ろへ下がる。


 「はい?」


 程なくして、中から返事が聞こえた。だが、その声は不機嫌とも警戒しているとも取れる声。まあ、常識的な訪問時間ではないし、不審がられて当然だろう。


 「あっ…… あの――」


 思い切って訪ねたものの、頭の中で整理したはずの言葉が出てこない。言葉に詰まり、黙りそうになった時、鍵が開く音がした。

 ギイ…と軋むドアの音がして、くたびれたワイシャツ姿の牧村が顔を出した。


「君は、隣の――……」

「川村です。……遅い時間にすみません。どうしても、今日中にお話を聞きたくて」


 美緒の様子から、〈あのこと〉だと直ぐに理解できた。いや、いずれ訪ねてくるだろうとは予想していたのだが…。


「そうか。あ、ともかく上がりなよ。外で話すのも何だから」

「……でも。いえ、ここで大丈夫です」


 戸惑った。男性と二人きりになってしまうのは、ちょっと……。こんな夜更けなのだから、用心するのは尚更のこと。


 「そんなに警戒しないで大丈夫だよ。じゃあ、鍵は開けておくから、ね」


 昨日見た、あの優しい笑顔。それ以上警戒心を持たなかったのは、この笑顔のせいだったのかもしれない。



 大家から電話で聞いたこと、自分の気持ちも全て話した。

 彼の気持ちは、本当に有難い。しかし、一昨日までは顔も知らない、ただの隣人だったのだ。それが突然保証人になるなんて、どう考えても不自然だ。


 牧村は、美緒の率直な気持ちを聞き、少し黙っていた。

 テーブルに置かれたマグカップから、コーヒーの良い香りが漂ってくる。カップを取り上げ、ひとくち飲んで息を吐いた。


 「君のお母さんにね、お礼がしたかったんだ」


 彼が口にしたのは、以外な言葉で、思わず見つめてしまう。


 「お礼、ですか? 母とは知り合いだったんですか?」


 鼓動が高鳴っていた。〈お礼〉をされるほどのことが、母と牧村の間にあったのかと信じられない思いで……。

 しかし、妙な心配は無用だった。


 「うん。去年の暮れの話だよ」


 思い出すような、懐かしむような少し遠い眼差しで、牧村はゆっくりと話し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る