第3話
4月半ばの学校は、新学年を迎えた生徒達の賑やかな声で溢れている。その中に、先週入学したばかりの美緒の姿があった。
入学と同時に始めた、近所のコンビニでのアルバイト。今日は16時からのシフトで、まだ1時間くらい余裕がある。
この時期は、新入生が部活動を決めることもあり、各部活の練習を熱心に見学している生徒が沢山いた。
――と。通りかかった体育館から悲鳴が。
いや、恐怖に慄く〈悲鳴〉ではなくて、アイドルを追いかけるような〈黄色い悲鳴〉だ。
「何を見てるんだろう?」
興味が沸いて覗いてみようとするが、人垣が何重にもなっていて無理! 僅かな隙間から見たところ、背の高い男子部員が沢山いる。バスケットボール部のようだ。
「あーん! 片山先輩いないじゃん」
「2年の先輩少なくない?」
口々に嘆いている。こうして見学に来ているのは、1年生の女子が殆どのようだが、上級生も多い。
(片山先輩って人、2年なんだ。どんな人なのかな?)
これだけ人気がある人物を、何とか見てみたいと好奇心が疼く。
「私、先輩を探してくる!」
突然、美緒の前に陣取っていた集団の一人が体勢を変えた。後ろに誰かがいるということまでは考えていなかったのだろう。
ドンッ!
そこは5段ばかりの階段があって、美緒は踏み外した。
「あっ……」
短い悲鳴を上げ、身体が浮く。
“落ちる”…言葉にならない声が、頭の中で響いた。
「きゃあー!!」
周囲から上がる黄色い悲鳴と同時に、揺れた身体が止まる。
女子全員の視線が、何故だか美緒の背中に向けられていて――。
今、美緒を支えているのは、皆が待っていた〈片山先輩〉なのだと分かる。
「――あっ! す、すみません!!」
彼女の背中を受け止めた、青いジャージ姿の男子。
慌てて礼を言い、彼の腕から離れた。見上げた視線の先の片山は、美緒よりもかなり背が高く短髪。
「いや。危なかったね」
どきん!
ニッコリと笑う片山の優しい表情に、何処か懐かしさを感じる。
「じゃあね」
美緒に目配せをし、詰め掛けた女子生徒をかきわけて体育館へ入っていった。
別に特別扱いをされた訳ではないが、周りの視線は美緒に集中している。〈片山に肩を抱かれた一年生〉そんな眼差しだった。
悪いことなどしていないが、居心地が悪い。
(帰ろうかな……)
今日ばかりは、それが良さそうだ。
本当は、片山のプレーを見てみたかった。体育館に後ろ髪を引かれながら、そっと身を翻した。
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