俺は今日、泥棒デビューすることにした

高石剣流

第1話 ルーティン

 前方に住宅街が見えてくる。幅広の道路や等間隔に並んだ街路樹は綺麗に整備されており、美しい景観を生み出していた。

 広い庭付きの家、車が数台入りそうな大きなガレージのある家、ルーフバルコニー付きの3階建ての家など、額に入れればそのまま絵になりそうな家ばかりが並んでいる。


 俺の名は江崎俊彦えざきとしひこ。41歳。無職――。


 俺はいつものルートを歩くと、最初のゴミ捨て場に到着した。不燃ゴミの袋の口を開け、中を物色する。壊れた瓶や皿などが入っているが、その中に小さな箱を発見した。怪我をしないように、ポケットから軍手を取り出し両手に嵌める。


 袋から箱を取り出し、蓋を開けると、中にはブルーの携帯音楽プレーヤーがイヤホンと共に入っていた。本体を取り出し、全ての面をじっくり見てみる。目立った傷もなく、状態は良さそうだ。背負っているバックパックを降ろし、携帯音楽プレーヤーを中に詰め込んだ。


 高級住宅街のゴミ捨て場はお宝の宝庫だった。汚れていない衣類や、まだ使える小型の家電などが捨てられていることがあるのだ。時には未使用のものが捨てられていることもある。それらを古着屋やリサイクルショップで売ると、そこそこの金になるのだ。

 先週、状態の良いノートパソコンを売却し、8千円を手にした時は狂喜乱舞しそうになった。


 他に売れそうなものがないとわかると、俺はそこのゴミ捨て場をあとにし、またいつものルートを歩き出した。


 50メートルほど離れた次のゴミ捨て場に到着すると、同じようにゴミを物色する。上部を不自然にガムテープで閉じられた紙袋を発見し、胸を高鳴らせながら袋を破り開けた。

 俺は心の中でガッツポーズをした。中には数枚のアダルトDVDが入っていた。アダルトDVDは通常のDVDより高値で売れるのだ。それらを先ほどと同じようにバックパックに詰め込む。


 続けて不燃ゴミを物色していると、短い棒のようなものを発見した。手に取り、ためつすがめつ見てみた。

 長さは20センチくらいだろうか。持ち手はラバーグリップで、丸いボタンのようなものがついている。先端には長方形のホルダーがついていて、角度を変えられるようになっていた。棒は伸縮できるらしく、伸ばしきると1メートルほどになった。


 俺はふと思いついた。これは自撮り棒だ。スマートフォンやデジタルカメラを先端にセットし、自分を含めた被写体をやや離れた位置から撮れるようにする道具だ。

 使ったことはないが、テレビで若者が使っているのを見たことがある。


 これは売れるのだろうか。そもそも、これはいくらぐらいするのだろう。皆目見当がつかないが、仮に売れなかったとしても、伸縮する棒は何かに使えるだろう。俺は自撮り棒を元の長さに縮めると、バックパックの中にしまった。

 

 その後、10ヵ所ほどゴミ捨て場を渡り歩き、ゴミを物色したあと、俺は公園に立ち寄った。周囲を木々で囲まれた広い公園で、何度も訪れている行きつけの場所だった。

 バックパックを降ろし、ベンチに座る。デジタル式の腕時計を見ると、午前11時30分だった。バックパックのサイドポケットからペットボトルを取り出し、水を飲む。中身は別の公園の水道で補充したものだ。


 頭上を見上げると、雲ひとつない抜けるような青空が広がっていた。優しく温かい太陽光と、時折吹くそよ風がうっとりするほど心地よい。まさに秋晴れにふさわしい天気だった。


 ふと、声のする方を見ると、芝生の上で見知らぬ母子がバドミントンをしていた。3歳くらいの女の子が子供用ラケットを豪快に振るが、シャトルにはかすりもせず、体勢を崩して転んでしまう。母親らしき女性がそれを見て大笑いした。


 妻の陽子ようこと娘の由奈ゆなには約5ヵ月間会っていない――。



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