第三話 決別

「お前、今…………おまッ、自分が何を言っているのか理解わかっているのかァ!?」


 俺の言葉がよほど信じられなかったのか彼は盛大に詰まりながら怒鳴り上げた。

 棍棒を振り上げて階段を登ってくるが鈍重な動きだ。歩いていても追いつかれることはないので俺は気に留める事なく来た道を折り返す。


「ァ……っ、待て! はぁっ、はぁっ、何処へ行く!?」

「ママに挨拶しに行く。一応な」


 目的地へ向かう最中、両サイドに鏡が敷き詰められた廊下を歩いていると全身生傷で古傷で彩られた体脂肪率の低い鋼鉄の身体が映し出された。

 痛々しい姿だが、魔法的要因ではない普通の傷ならば高位の回復魔法で癒せるので金で解決できる。


 同じ理由で背中にある目を閉じた女神を模したタトゥーは消せない。

 ダンジョン教の神官が直々に魔法で刻んだものだからだ。


「さて」


 リビングに着いた。

 この空間だけ宗教の雰囲気を感じないのである意味不自然だ──ある一点を除いては。


「ママ。ただいま。そしてさようなら。本当にお疲れ様でした」

 

 俺が心からの慰労と感謝を伝えたのは、神棚に飾られたママの遺影と遺骨の入った箱。

 そう、ママは死んでいる。

 死んでいるのだが──俺の身体は確かにママの声にも支配されてきた。


「っ、はァ──ッ、追いついたぞ。なぁにがさようならだ! ママは言っているぞ、使命を全うしなさいとな!!」


 パパが神の代理としてママの言葉を伝えてくるからだ。

 これにより親二人の言葉による支配となり、同時に神の実在感が強くなる。

 

「こうも言っているぞ。家を出るのは20になってからにしなさいとな。だからまだ──」

「必死だな。親離れってやつが来たと思って諦めてよパパ」

「は?」

「神はいないって言ったけど、そんなの適当に言っただけだ。俺は単純に理不尽な痛みや苦しみが嫌で、そういうのが無い──少ないところに行きたいだけ」

「おまっ、まさか人に会ったのか……?」

「……彼女じゃないと考えは揺らがなかっただろうな」


 親身に話してくれたからこそ俺の心に綻びが生まれたのだ。

 

「かの……っ、くそ。これだから女は」


 唇を噛み締める彼をよそに俺は身支度を進める。

 と言っても代えの探索用装備に着替えるだけだが。


「それじゃ、行くか」

「は!? おいっ、おいおいおいおい──ッッッ」


 さっさと歩を進める。

 追い縋るパパ。

 玄関に手を掛けると同時に背後から棍棒を振り下ろされたので振り向くことなく手刀で打ち砕く。


 粉塵が目に入りそうになったので手刀の手をそのまま振って払うと玄関の扉を開けて外に出る。


 後ろで何か言っているが無視だ。

 別れの言葉を言う気もない。


 見上げれば重たい雲、先が見えないくらいに雨が降っているのに爽快だ。


 俺はただ、ぎこちなくスキップする。

 どんどん早くなる。

 身体が熱い、高揚している。


 もしも、この姿が世間様に見られていたなら、明日の『ダンジョンクラッシャー』記事はどうなるだろうか?


 恥ずかしいな。


 でも構わない。

 知ったことか。

 楽しいんだ。


 自由が。

 この自由が。

 

 きっと今、この瞬間、世界で一番自由なのは俺に違いない。



 自由ついでに近場のダンジョンに駆け込む。

 破壊的速度で上層を攻略し、俺に興味を持ってそうなドローンを上手く引き連れて中層、下層とガンガン攻略する。


 そして最深部に到達するとダンジョンボスの巨大な亀を討伐して、大きな甲羅の上に立つ。


 ドローンが後方をついて来ている事を確認し、上着を脱ぎ上裸になり──短剣を器用に使って背中を斬り割いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る