火葬剣のオーナー
如月姫蝶
第1話 京都でモテモテ、ドッキドキ!?
毎週日曜日の朝に戦う正義のヒーローたちには、守るべき約束がある。年に一度は京都に召喚されて、その勇姿を撮影されねばならないのだ。
その約束は、契約だとか大人の事情とも呼ばれている。
そして、そうしたヒーローは、しばしば愛くるしい子供と出会うのだ。
その戦士は、傷を負っていた。敵の攻撃を防ぎきれず、鮮やかなイエローのバトルスーツは雲散霧消してしまった。敵の追手を警戒しつつ、風にざわめく竹林の中を、ふらふらになりながら逃走しているのだ。
不意に、彼の鼻先に、小ぶりな人影が一つ、現れた。白い小袖に緋色の袴という典型的な巫女装束を纏い、舞衣である千早を重ねていた。
千早の表面には、大小様々にして色とりどりの五芒星が、そこここに刺繍されており、天の川を思わせるほどだった。
「お兄ちゃん、どないしはったの? おつかれみたいやねぇ」
「え?」
舞衣を纏った少女が、小首を傾げて紡いだ京言葉を、戦士は訝しんだ。
彼女は、未だ十歳にも満たないだろう。彼に向けられた瞳は、大きく涼やかだ。
ただし、何より訝しむべきは、少女の頭上には、狐を思わせる金色の耳が乗っかっており、緋袴の後方から、こちらも金色でふさふさの尻尾が六つも生えていることだった。
「きみは、いったい……」
「うちは、通りすがりの天才陰陽師、名前はミココ。お兄ちゃんは、おつかれさん——要は、悪いもんに取り憑かれてはるんや!」
言うや否や、狐耳の少女は、一本の扇を取り出した。
そして、ピンクの扇を広げて、くるりくるくると舞い踊りながら、呪文の詠唱を開始したのだ。
「我、唯一人、三界の頂に立ちて
五節の舞姫のごとく、袖を振りて舞い踊らん
七夕の銀河よ、我が願いの短冊を容れよ
すると、巨大な彼岸花が、天上から真っ逆さまに咲いたかのようだった。その花を思わせる紅色のリボン状の軌跡が、少女と戦士の頭上から降り注ぎ、竹林のそこここへと命中したのである。
命中するたび、何者かが派手な奇声を発して、のたうち回るのだ。
いつの間にやら、敵のザコ戦闘員たちが大勢、戦士の背後に忍び寄っていたのだった。
「うわぁ、お兄ちゃん、モテモテやん……うちと一緒に逃げよ! 走りや!」
陰陽師だという狐耳の少女は、戦士と手を繋ぐと、一目散に駆け出したのだった。
彼女の黒髪とふわふわの尻尾が棚引いた——
このエピソードのサブタイトルは、「京都でモテモテ、ドッキドキ!?」である。
「どうどす? うちの娘、
紅くコケティッシュな唇が、微笑みを形作った。彼女は、ミココ役を演じた愛娘を自慢しながら、応接室の上座にて、おもむろに長い脚を組み替える。
もしも、花鳥風月の彫刻を施した長い煙管で紫煙を燻らせたりしたら、このうえなく絵になりそうな女性だった。
ここは、とある映画会社の撮影所の一角に設けられた応接室である。
「それはもう、お嬢様は容姿端麗でいらっしゃいますし」
「呪文を唱える演技も堂々たるもので、さすがは社長のご令嬢だと感服致しました!」
映画会社の重役が、二人掛かりで揉み手する。彼らが、揉み手のせいで常に微振動しているのではないかというほどの歓待ぶりを示すのは、眼前の客人が、それこそ大女優めいた風格を備えた年齢不詳の美女だから……というだけではない。それ以上に、彼女が、京都市に拠点を置く大手化粧品メーカーの社長だからである。
その社名は
そして、つい最近、この映画会社が製作したテレビドラマのスポンサーとなってくれた企業でもある。小近衛社長の八歳になる娘——
「うふふ、嬉しゅおす。そこで、ご相談なんやけど——六花は、陰陽師みたいな役が得意や。そんで、陰陽師ゆうたら、いかにも京都らしゅうて、子供さんらにもウケるんやないかと思うんどす。せやから、また弊社がスポンサーになってもええさかい、陰陽師の女の子が活躍するお子様向けの作品を作ったらどうどっしゃろ? タイトルは……『プリティーな陰陽師』——略して『プリオン』とか」
自信たっぷりだったフォクシーな美女は、狐につままれたような顔になった。
眼前の重役たちのうち、片方がブフッと噴き出したっきり下を向き、もう一方は一瞬フリーズした後、ハンカチで額を拭ったからである。
「なんや問題でもあるんどすか?……うちの娘には荷が勝つとでも?」
「いえいえ、小近衛社長、お嬢様の問題ではございません。お嬢様のために何らかの出演機会をご用意するくらい、弊社と致しましても吝かではございません。ただ……」
「ブフォッ、グフフフ……プリオンはあきまへん。御社提供の正義の味方やありえまへん! 英明でいらっしゃる小近衛社長が、ご存知ないわけガハハハハ……」
「プリオンとは、いわゆる狂牛病の病原体である……あぅ……」
麗子は、帰宅後、長椅子にしどけなく身を投げ出して、スマホで検索したのである。
「せやった。狂牛病の牛の肉は食べられへんし、
暫しジタバタとのたうった後、麗子は区切りの溜息を吐いた。
「まあ、しゃあない。うっかりしてもうたんは、うちの好物が、牛肉やのうて人肉やからやわ」
紅くコケティッシュな麗子の唇から、随分と長く鋭い犬歯が覗いたのだった。
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