18

ハヤブサはハルマの話を聞き終わり、もう一度、ライセンスの画面を指でなぞる。


暫し無言で、ハヤブサは画面を見つめる。

君の話を信じるならと、言ったまま、また押し黙る。


「なあ、おい、どうした?」

「……このライセンスには以前の持ち主の記録が何もないわ」


「えっ?」

「仮に全ての記録を抹消した──初期化した──としても、ある程度は残るはずなのよ、以前の持ち主の情報が……でも、それがまるでない。初めから何も無かったかのようにね」


「ん、それって、どういうことっすか?」

ハヤブサはライセンスをハルマに向けて、真っ直ぐに彼を見て、答えた。


「このライセンスは正真正銘、君の物ってことよ」

「要するに?」

「君はランダーってこと」


ハルマは目を見開く。

「なんてこった……今朝までは、しがない無職だった俺が……いきなり、ランダーに昇格だなんて、一体、何段飛ばしの出世だよ、まったく……」と、首を振る。


「とーにーかーくっ! 不可解な部分は多いけど、理由はどうあれ、君はランダーな訳だ。私たちの同志ってことよ。だったら、今すぐ、任務に向かってくれる」


「──いや、無理だよ」


「なんでよっ! 訳分かんないこと言ってると、君、ほんと、ぶっ飛ばすよ」

苛立つハヤブサ。


「ランダーである前に、俺は今、この車の見張り役なんだ。知り合いとの約束で、朝までこの車、見張ってねーといけねーの」


「君ね、車と隊員の命、どっちが大事なわけっ」

「無職にだって、通さねえといけねえ、筋ってもんがあんだよ」


「任務以上に通さないといけない筋なんてない!」

両者共に、食い下がる。


「行かねえとは言ってねーだろ。朝んなって、見張り役終わって、風呂入って、一眠りして、飯食い終わったら、手伝いに行くよっ」


「バカなの。ねえ、君、本物のバカなの? そんな悠長にしてられないって、さっきから何度も言ってんじゃないっ!」


「じゃあ、その要請とやらをささっと済ましてくっからよ、あんた、俺の代わりに車、見張っててくれよっ」


ついに、ハヤブサの拳がハルマのボディに突き刺さる。


「──なにすんだっ!」


「このバカッ! 私も一緒に行くに決まってんでしょうがっ! しかも、なに、緊急要請案件コード103を、ちょっとしたお使い程度のノリで言っちゃってくれてんのよ、たくっ!」

と、ハヤブサは純黒のスポーツカーに目を向けた。


「あら、でも、いい車ね……って、君、もしかして、これ、ダービンハイツじゃないの!」

ハヤブサは興奮気味にハルマを見た。


「え、ああ、そんな、名前だった気が──」

「──この、エンブレム……間違いないわ。ダービンハイツVZロード4、“エスカリオ”じゃない!」


「なんだ、知ってんのか、この車のこと?」

「当然でしょっ、走り屋の夢と希望を詰め込んだような名車中の名車よっ。君こそ、これがどれだけすごい車か知ってるのっ?」


ハヤブサは詰め寄ると早口で捲し立てるように、かの名車の蘊蓄を語りはじめた。


(──デ、デジャヴ)

「分かった、分かったから、話を元に戻しましょうよ」


「え、ああ、それもそうね」と、咳払いを一つ。

「てか、実は──」


ハルマはダービンハイツを見張るに至った経緯を説明した。


「──ってなわけで、ここを動くことはできねえんだよ」


「事情は理解したけど、それでもやっぱり、一緒に来てもらうわよ。その、アスキって、彼には悪いけどね」


「あんたも、ほんとに折れねえな……」と、半ば、呆れ気味に口角を引き攣らせる。

「いい加減っ、諦め──」


──けたたましい警報音が短く響いた。

宙に浮かぶ丸い鉄の扉の三つの切れ目は緑に光る。


フシューっと、白い煙を上げて三方向に開く。

煙幕を纏う穴からドサッと、何かが地面に転げた。


二人はその光景を眺める。


「──いてててっ」と、腰を摩りながら、男は立ち上がる。


「あぁっ! ハヤブサさんじゃないですかっ」

男はハヤブサの姿を確認すると、安堵したかのように表情を緩めた。


ハヤブサとハルマは尽かさず男に歩み寄る。

ハヤブサは男の肩を掴んだ。


「君、名前はっ?」

「え、は、はいっ。ミ、ミトミ……ミトミジョウタです」


「ランクは?」

「アンダーシフトです」


ハルマが尋ねる。

「お前、車好きかっ?」

「え、く、車? まあ、好きは好きですけど」


「タイプは?」

ハヤブサが尋ねる。

「魔導士です」


「夜は強い方か?」

ハルマの問い。

「は、はあ、まあ、この仕事、夜勤もありますから、まあ普通に……」


「ミトミ隊員、状況は?」

「は、はい、自分はたまたまナツモさんと合流できて、ナツモさんの指示で“緊急援助要請”を発信し、ここへ……ムササビ隊長とカナタさんの所在は不明ですが、ナツモさんの話では『あの二人なら心配ない』とのことです」


「そう、分かったわ。ありがとう」


「お前、腕っぷしはどうだ?」

「腕っぷし……ですか? 魔導隊とはいえ、一応、近接格闘の訓練は受けてますから、まあ、それなりには……てか、あなた誰ですか?」


「よしっ!」二人は声を揃えて、言った。

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