16

──誰もいない深夜の工場。


ハルマはオイルの臭いが染み付いたガレージの一室で、最近ハマっている刑事ドラマをタブレットで見ている。場所が違うだけで、いつもと変わらぬハルマの日常。


タブレット画面の青白い光を浴びるハルマの影はあたりの物と一緒に壁に張り付いて、怪物のシルエットに変わる。


──それは唐突に現れた。


降ってわいたように、突然。

奇々怪々な光景。


まず、サイレンに似たけたたましい警報音が一瞬、鳴り響いた。


ハルマはビクッと肩を跳ね上げ、反射的に音の聞こえた方へ振り向く。


しかし、そこには何もない。……いや、黒く細い横線が浮かんでいる。


(気のせいか──?)

ハルマは目を擦り、細める。


──と、まるで、閉じた眼を見開くが如く、黒い線がすうっと開いた。


そして、瞳のように丸い円が現れたのである。それは、重厚で堅固な鉄製であった。


夢まぼろしではなく、確かな質感を持った鋼鉄の円が宙に浮かんでいる──!


ハルマもさすがにこの一連の不可思議な事象には、目が釘付けとなった。


(……んだ、あれ?)


いきなり現れたそれを眺めて、幾つかの疑問は湧いたが、生まれもっての無関心さが彼をその場に留めた。

そんな夜もたまにはあるだろう、と、またタブレットの画面に視線を落とす。


薄暗闇の中、左ポケットの中身が光るのをハルマは気付かない。


──路上のマンホールよりも一回りほど大きい空中に浮かぶ鋼鉄の円。


表面に三つの切れ目が走るそれは、堅牢な保安対策を施した金庫室の扉のようであった。


ピー……ピー……ピー……ピー……


最初の警報音に比べれば、幾分にも静かな電子音が浮遊する鉄の円から流れる。


ハルマは怪訝な顔つきでそれを見る。

表面を走る三つの切れ目が緩やかに赤く点滅し、その点滅に合わせて電子音が鳴っている。


「…………」

ハルマはおもむろに立ち上がると、鳴り止まないそれに近づき──蹴った。


スーッと赤い点滅は静まり、それともに電子音も消えた。


ハルマは吐息をき、鋼鉄の円に背を向けた。


──と、けたたましい警報音が響き、ビクッと肩が跳ね上がった。


「……っの、ガキッ、さっきからうっせえーぞっ!」

次は後ろ回し蹴りを見舞った。


──ガァンッ。


「やっと大人しくなったか……」

そう安堵した瞬間、三つの切れ目が緑に光った。


フシューっと、白い煙を上げて三方向に開く。

煙幕を纏う穴からドサッと、何かが地面に着地した。


「──“神龍寺”のやつら、どこもかしこも好き放題に結界符を張りやがって!」


立ち上がりながら、怒鳴り声を上げたのは若い女性だった。


「たっく、節度ってもんがないの、あいつらにはっ!」

濃紺のコンバットユニフォームに身を包んだ細身の女。


「クソッ、ほんと、余計なことしかしないわねっ!」


赤毛のショートヘア。紅い目元。瞳はアーバン。

──ハヤブサだ。


恨み節を吐き捨て、ふっと、ハヤブサは振り返った。

無表情でハヤブサを見つめているハルマ。


「……どうも」と、ハルマは会釈した。

じっとハルマを見つめるハヤブサ。


「──君が、救世主?」

ハヤブサは不敵に微笑んだ。

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