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「──トウ(ムササビ)、あんた、“神龍寺”のことバラしちゃって良かったわけ?」


ムササビ、ハヤブサ、ナツモ、カナタの四人は他の隊員から距離を置いて集まっている。


「確かに、人事部長からもフダイさんからも、口外しちゃいけないとは言われてないけどさあ、私達にしか伝えなかったってことはさ、……そういう、ことなんでしょ」


呆れたようにムササビの顔を見るハヤブサ。


「この二人だけにならまだしも、全隊員の前で言っちゃうなんて……」


「まあ、大丈夫でしょ。みんな、疑問があったままじゃ、ベストの力を発揮できないだろうし」


「“竜胆りんどう”はここでなにを?」

ナツモが問いただす。


「詳しいことは上も分かってないんだよ。首都近郊ならまだしも、わざわざ、ラセイまで、“御三家”の分家が出張ってくるなんて、よほど重要な何かがあったことは確かなんだけど……まあ、例の“特権”ってやつでさ──」


ムササビの“特権”という言葉に無意識に反応して、ハヤブサとカナタは一瞬、ナツモを見る。

「大体の理由は分かりました。要は、“竜胆”、いや、“神龍寺”の手前、失敗は許されないということですよね」


二人の視線を意にも返さず、ナツモはムササビに尋ねる。


「そういうこと」

ムササビの相変わらずの薄い笑み。


「でも、思ったよりも魔導障壁が厄介よね。X―TREKの魔障センサーも《error》か《unknown》ばっかだわ。ここまで酷いと、魔導士が魔力練れないで当然よね」


ハヤブサは腕に巻いた腕時計型魔導機器X―TREKを覗き込む。


「ああ、ほんとその通りだよ。予想したよりも結界符と障壁の数が多すぎる。調査隊ボイジャーの報告書によると、最下層には結界符も障壁もないらしいけど、多分、最下層辺りでも十分、影響はあるだろな」


「魔導士は使い物にならないと?」

「今回の面子では、その可能性が高いね」


「だったら、結界符も魔導障壁も今のうちに取り払うってのはどうですか?」

カナタはあけすけに言った。


「うーん、それはちょっと現実的じゃないな」

「たっく、あんたね、ちょっとは状況見てから、もの言いなさいよ」

左肘でカナタを突く、ハヤブサ。


「一体いくつの結界符と魔導障壁があると思ってんのよ、魔導探知器クレイシーカー使えないんだから、一つ一つ、手探りで探さないといけないわけでしょ。クラフトもビヨンドもいつ、どんな進化するかも分からない状況下で、こちとら、限られた人員と時間の中でやってんのに、悠長にそんなことしてる暇なんてないわよっ」


「す、すんません」

カナタはぐうの音も出せず、呟いた。


──クラフト内に無数に張り巡らされた結界符と魔導障壁。


その二つは、“魔力を祓う”効果と魔力の使用、すなわち、“魔導の妨害”だと推測される。


厄介なのは結界符よりも魔導障壁の方である。

通称、「ラジオ」と呼ばれ、魔導障壁から発せられる妨害波ノイズにより、魔力の放出や魔障の流動を抑止するなどの効力がある。


魔導障壁が発する特定の周波数チャンネルと自身の魔力出力の加減を魔導機器を用いて合わせることで回避することができる。


しかし、今この場に置いて、その周波数チャンネルは不明。


そして、恐らくは張り巡らされた結界符の幾つかは、「魔導障壁ラジオ」の流す妨害波ノイズを増幅させるスピーカーの役割を持つものであった。


「──状況を報告しようにも、外部と連絡も取れないし、一度、誰かを退界させて、本部に行かせたところで、この状況下でクラフトの入口ゲート現世アッパーにまだあるとも限らないしなあ……」と、ムササビは首を上向きに顎に手を当てる。


「でも、どうして、調査隊ボイジャーは魔導を使えたのかな?」

ハヤブサは不思議に首を傾けた。


「んー、多分だけどさ、“竜胆”は調査し終えた後、結界符も魔導障壁も一度、オフにしたと思うんだよね。そこに、うちの調査隊ボイジャーがやってきた──」


──麝香機関の調査隊がようやくクラフトに入界したとき、結界符も魔導障壁も確かにそこにあった。


事実、調査隊の報告書には、「結界符と魔導障壁の多数を確認」と、その存在を認める一文が記載されている。


しかし、彼らはクラフト内に無数に張り巡らされたその存在を認知しつつも、「クラフト進行及び、ビヨンド討伐への影響は問題なし」と、記した。


──何故ならば、彼らが退界するその時まで魔力──魔導機器──は使えたからだ。


「──魔導機器でクラフト全域をスキャンするだろ、その時の強力な魔力に反応して、一斉に再稼働したんじゃないかな」


「なるほどね」と、ハヤブサは苦虫を噛み潰したような表情。


「所構わずに設置した結界符と魔導障壁の撤去がめんどくさくなって、そのまま放置して帰ったら、思わぬ弊害を生んでしまったのか、あるいは──」


「こちらへの嫌がらせ、ですね」

ナツモは言い切った。


「多分、後者の方だよね」

ハヤブサは溜め息を一つ。


「俺もそうだと思う。ただの嫌がらせで、敢えて、“時限装置”として置いて帰ったんだ。奴らはだから、そんぐらいの条件付けなんて造作もないだろうし」


「たくっ、“神龍寺”の連中、ふざけやがって! 余計なことしかしねぇな」

カナタは苛立った拳を壁にぶつける。


「あいつらが、余計なこと以外をした試しなんてないだろ?」


ナツモの皮肉にカナタは「違いねえ」と、一言。

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