潮の香りが好きだから

時津彼方

1日目 水平線

「こんにちは……いや、こんばんはって言った方がいいかな。もうそろそろこっちでは日が暮れそうだし」


(こ、こんばんは)


「なんでこんなところにいるの、って顔してるね。まあ日が落ちるか落ちないかの、黄昏時に堤防にポツンといるなんて、普通はわからないよね。でも、私はそんなh通じゃないことをやってみたいって思ったから、ここにいるの。きれいだよね、ここからの眺め」


(そうだね。僕も好き)


「でしょ? 君ここの人なの?」


(うん)


「そっか。じゃあこの景色を独り占めってわけだ。羨ましい」


(どこから来たの?)


「え、私? 私はね、海の遠い都会からやってきたんだ。生まれてから海なんて、この目で一回も見たことなかった。夕日が水平線に沈むところを想像してたんだけど、ほら、あっちの山に沈んでるじゃん。目を細めずにずっと海を見ていられるから、こっちのほうが良かったかも」


(そ、そっか)


「君は、何歳なの? 見た感じ若そうだけど」


(僕は十五歳だよ)


「えっ、十五歳ってことは、中三?」


(はい)


「そうなんだー。私も十五だけど、高校一年生。だったら私の方がお姉さんってことか。まあ、だからといって、何もないんだけどね。これから一週間、ここでお世話になるから、また会うことあるかもね」


(そ、そうだね)


「……よいしょ」


 ザクッ、と砂利にサンダルが接触する音がした。


「ああ、この匂いいいなー。潮の匂い。君は、この匂いと一緒に生きてきたんだよね。だったら、もう慣れた? 私にはちょっときついかなって、そんなに長いことここにいれないかな……」


(そんなに気になる?)


「なんかね、体の中に入ってきて、ひっつくような匂い。でも嫌いじゃないよ? でもずっと嗅いでいると……って感じ。ほら、こってり濃厚とんこつラーメンってそんなにたくさん食べられないでしょ? 翌日も食べるかーってならないのも、ぽい」


(こ、こってり……?)


「……あ、あれ? もしかしてしっくり来てない? ラーメンの話。君、この島から出たことある?」


(ない)


「だったら無理ないか。私の住んでるところにね、そういうのがあるんだ。ほうれん草とかもやしとかがどっさり乗って、油がたくさん入った豚骨ラーメンが……うわ、今ゲテモノ想像してるでしょ? 確かに見た目はそこまでいいとは言えないし、映える感じではないけどさ、ほら、えっと……その、圧巻っていうか!」


(……)


「あはは……まあ調べてみてよ。今どきネットで調べたら見つかるでしょ?」


(スマホ、持ってない)


「えっ、スマホ無いの? パソコンは?」


(……ない)


「今どきそういうの持ってない人いるんだ。じゃあ島の外に行くまでのお楽しみだね」


(え、見せてくれないの?)


「あっ、私が見せればいいのか。でも君見た感じあんまり外のことに興味なさそうな感じじゃん。私がなんで来たのか、スマホをこうやって出した時も興味なさそうでさ。だったらこってり濃厚とんこつラーメンは、自分の目で見るまでのお楽しみに。私だって、この景色を見るまで、写真を調べるのすら我慢してたんだから。もちろん海の写真とか、絵は見たことあるよ? でも、この景色はここだけのものじゃん。だから」


 プップー、と車のクラクションの音がする。


「あっ、お迎え来ちゃった。今日の昼着いたばっかだから、ここまでも送ってもらってたんだ。おばあちゃんにここが一番おすすめだって言われてさ。おばあちゃんの用事終わったみたいだからもう帰るね」


 スタスタスタ、とサンダルの音が遠のく。


「あっ、今日は話し相手になってくれてありがとう! また会えるといいね!」


 ザッザッザッ、とそのスピードが上がり、僕からは見えなくなった。

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