不審者

ボウガ

第1話

ある地方で不審者の噂が目立ち始めた。最初は少数の子どもたちが建設途中で放棄された新興住宅地の基礎の、中央付近にある廃屋に入り込んで、それと出会ったという。中年のコートやぼろぼろのマントをきた太った男性だ。それに続いて次々と子供の被害者がでて、親が地域の重役に不満や文句をいったところで重役は動こうともしなかった。いわく“あそこに近づかなければいい”。


被害は深刻、子供は何も語りたがらず、家に閉じこもるようになったり、涙を流して、彼に追われた話などを話す。さらにはあざや傷をつけてかえってきた子もいた。

きくと“石や木を投げられた”そうな。


見かねた親たちが探偵を雇う。被害状況と、そこにまつわる曰くの調査。そこで面白い事がわかった。まず、そこにはいって“彼”に襲われたのは、転勤族や、新住民といった古くからこの土地に住んでいない人の子だという事、市長の息子がこの土地を管理しており、市長の息子は現在仕事をしていないという事。


息子が怪しいと自宅に押し掛け市長を問い詰める親たち。市長はしぶしぶ、事情を話すが、この事情も奇妙なものだった。

「私の息子もあの男の被害者だ、だが悪い事はいわん、これ以上深く調べるな」

親たちは忠告を無視してさらに探偵に調査を依頼すると、息子は確かに仕事をしていないが精神病院に通い、重い精神病を患い、親元の近くで障碍者として国から支援をうけ生活しているということ。もともとやり手のサラリーマン、不動産関係の仕事をしていたが、今はほとんど外に出られる状態ではないということ。ほとんどの親たちはそこであきらめたが、あとからきくと親の一人が彼に面会にいったが、ひどくやせほそっており、目撃談の情報とも違う。が、彼が妙な事をいっていたらしい。

「子供らに、聞くといい、何をみたか……」


藁にもすがる思いで、親たちは、古くから住む旧住民の子供たちにある場を設けて何度かにわたり質問をかさねた、初めは言い渋っていた子供たちだが、信用を得る事ができると、子供たちはこう話し始めた。

「“あれはヤヤ様”近寄ってはいけないんだ」

「大人たちが“ヤヤ様”を鎮める儀式をしている」

 さらに情報を聞き出すと、子供たちは事情にくわしく不審者がでるその裏手の村が本来の管理者で、市長の息子はそれを買い取ったのだということらしかった。そしてその村の重役たちが、何やら怪しい儀式をしているという。


親たちは、その後、子供たちからききらぢた毎月20日、怪しい儀式が開かれるというその廃屋へとその日に突撃した。遠目にみても奇妙な光景、怪しげな明かりがゆれながら例の廃墟を囲っていた。そして何より奇妙なのは声だ。

「うごがあうごがあ」

 小さな祭囃子が聞こえてきて、儀式は確かに行われている事がわかった。あまりに異様な光景に親たちは5人がかりでその廃屋を、物陰からみていた。松明を両手にもち、廃屋を囲む4,5人の老人たち、その廃屋の中には2人ほどの姿がみえた。その取り囲む老人たちが奇妙な声をはっしている。

「うごがあ、うごがあ」


親の男性一人が叫んだ。

「あそこ、小屋の中、小太りの男がいる!!!不審者だ!」

 たしかにその中をよくみると、そこには厚着をした小太りの男の姿があり、正座をして、正面の巫女姿の女性と向かい合っている。

「不審者だ」

「例の不審者だぞ」

周囲の大人たちもボソボソとつぶやく。

「ブゴウ、ウゴウ、ウゴフ、ウプ……」

 それも奇妙な言葉をはいて、明らかに普通の状態の人間ではない。先ほど叫んだ親が、たえきれなくなり前に踏み出す。周囲の人間がとめるが、彼はいう事をきかなかった。

「よくもうちの息子をおおお!!!」

 そういって、ずかずかと廃墟へと向かう、松明の村の老人たちに制止され

「やめておけ!」

いわれる。この村人たち、やけに冷静で、先ほどまで奇妙な儀式をしていた人たちとも思えない。が、その彼は無視してずかずかとはいっていく、すると、巫女がおどろいてあとずさりする。すきをついてその男性は太った男の胸元に手をかけた。

「ずるり……」

 その男性は、ふとっているわけではなかった、顔にも、体にも服の上と中といわずドロをぬりたくっている。厚着をしていたのは、その泥の形をとどめるためだったらしい。ふれたことで衣服がはげ、泥がずれおちた。そして、やせこけた男が姿をあらわした。今度は男の顔に目線をやりライトをあてる、その目はタオルでふさがれていたようで、男はいった。

「何がおきた!!?儀式を!!儀式を続けなければ!!“ヤヤ様!!!”“ヤヤ様が!!”」

「何をいっている、貴様、貴様らいったい何をしているう!!!」

 怒りに打ち震えた親の男性。彼を殴りつけようとこぶしをふりあげた。その背後で奇妙な声がひびく。

「イヒヒヒヒ」

 先ほどまで正常だとおもっていた巫女が、奇妙に、耳までさけそうに口をひらいてわらっている。そして男性はまた怒鳴った。

「狂っとるんか!!!」

 その背後で、男は泥の中に奇妙な……スライム上の感触をかんじた。そしてふりかえる。そこには、人型の顔があった、少しふくよかな中年の男ような顔が。

「な、なんじゃこりゃあ!!」

 その叫びに一瞬驚いたその泥は、しかし、にやり、とわらうと

 “ずるん”

 鈍い音とともに、泥ごとがもりあがり、宙に飛び上がる。しばらく宙に浮かんでではじけたとおもったら、その中から“何か”黒い影が、件の親の男性に入り込んだ。次の瞬間、バタンと倒れこむ男性。

 周囲の人間や、親たちが集まる。

「どうした!!」

「大丈夫か!!!」

《ブルブルブルブル》

応答もなく、口からあわをふいて、彼は痙攣をして倒れこんでしまったようだった。その胸元で、服の中で、黒い影がボコボコと暴れまわっていた。

「ヒュロロロロ!!」

 次の瞬間、廃屋の中から奇妙な音がしたかと思い、人々がそちらに目をむけると廃屋の畳の地下がみえており、その中に祠のようなものがあり、そこから、にゅっと泥のかたまりのようなものがあらわれ、次第にそれは中年の太った男性の姿になった。コートやマントを着ており、例の“不審者”の目撃情報と一致した。

「ギヤアアア!!!」

 その人影は手足をでたらめにうごかし、親をおいかけまわしたり、老人をおいまわしたり、とにかく走り回る。


 慌てる親たち。その男は、無我夢中でわけもわからぬ様子で廃屋の外や中をあばれまわる。そして一人が老人たちの最も年老いた人物につめかける。

「あれは、あれはなんだ!!」

「あれは“ヤヤ様”あれは神だ、霊体だ、あんたたちは不審者といったが、そうした類のものでもない、彼には実体はないのだ、私たちの儀式は“ヤヤ様”の怒りを鎮めるためのものだ」

 しばらくみなにげまわっていたが、その老人が、何事か叫びながら、ヤヤ様にいった。

「静まりたまえ!静まりたまえ!われらは信仰をうしなってはおりませぬ」

 すると“ヤヤ様”といわれたその男は、シュンとした顔になりとぼとぼと祠にもどっていったかとおもうと祠の付近で、泥になって消えた。

 それからは警察もきたり、村人たちが祠の掃除をしたり、大騒ぎとなった。



 泡を吹いて倒れた彼はその後1年ほど気が狂ったようになり、精神病院に入院していた。だがやがて、一年たつとけろっと元に戻った。医者も何が起こったかわからないといっていた。そして目覚めた頃彼は、親たちからすべてのいきさつをきいた。


 “ヤヤ様”というのはもともと件の村に祭られていた土着の神で、利益をもたらすが、災いをもたらすのだという。その“利益”とうのは五穀豊穣、そして“災い”というのが、一年、気の狂っていた彼にとりついた“ヤヤ様の霊体”が巻き起こす、精神病のような状態なのだという。その“災い”が他の物に映らないように、村では毎年一人人身御供を捧げる。それがあの“泥の男”だが人身御供とはいっても死ぬわけではない、“ヤヤ様”の霊体は1年もたつと、その体から自然と消えるらしい。


 件の事件のすぐその後、探偵を伴い、かつ警察も巻き込んだ調査の結果、やはり“不審者”には実体がなかったことがわかった。件の村にも確かに一年に一度精神疾患のような症状をもった人間があらわれるが、厳重に管理され、他の人に危害を加えたという情報はないようだった。


 そして親たちが集まり、その村の村長に事情をきいた。どうやらあの“儀式”に参加していた最高齢の男が村長だったらしく、彼はすべてを話してくれた。

「昔から市長とは折り合いがわるくてな、市長の息子もそれをわかって私たちの村を邪見にした、おおっぴらではないが差別もあったのだ、そんなあるとき、市長の息子が私たちの村の一部を買い取り、新興住宅をつくるといった、それがあの場所だ、そしてあの“廃屋”こそが問題なのだ、市長の息子も一応配慮したつもりだろうが、あれこそが“ヤヤ様”を祭る祠だったのだ、新興住宅を建てる計画の途中に人死にが多発して計画は頓挫、わしらも“ヤヤ様”を鎮めようとしたが、完全に静まるには、あと50年はかかるはずだ、だから、おぬしらも、どうか子供たちにはあの場所に近づかぬようにいってくれ」


 そしてその話は有名になり、親たちはこの話を子供たちにつたえ、子供たちもまた、その子供たちに伝えるように記憶にとどめておいたそうだ。

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不審者 ボウガ @yumieimaru

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