45 卒業生

 1期生の卒業から10年が経ち、ユキナガは今日も中央ヤイラムの地で魔術学院受験生の指導に励んでいた。


 大陸初の魔術学院受験専門塾として有名になった中央ヤイラム魔進館はこの10年で中央都市オイコットに5つの校舎を新設し、魔術学院と類縁関係にある学校でありそれに次ぐ入試難度を持つ呪術学院の受験にも対応するようになったことから塾の名前も「オイコット魔呪進館まじゅしんかん」と改称されていた。


 10年前には唯一の校舎であった建物は中央ヤイラム本館と呼ばれるようになり、ユキナガは各校舎を毎日のように移動している塾長ノールズに代わって本館の校舎長も兼任するようになっていた。



「今年度の成果も合格率100%か。これで来年度は11年連続100%と宣伝できるな」

「ええ、誠に喜ばしい限りです。本館の狼人生部門は既に定員に達しましたよ」


 夕方近くになって中央ヤイラム本館に戻ってきたノールズは、今年度の魔術学院入試でも全ての塾生がどこかの魔術学院に合格できたというユキナガの報告に歓喜していた。


 現在ある6つの校舎の中で全寮制の狼人生部門を設けているのは本館も含めて4校だが中でも名物講師ユキナガの受験指導を直接受けることができる本館には入塾希望者が殺到し、3月上旬の現時点で既に定員が埋まっていた。


「『魔呪進館』がここまで来られたのもユキナガの尽力があってこそだが、前にも話した通り俺も理事たちもユキナガの門出かどでは全力で応援するよ。退職後もしばらくは外部顧問という立場で業務に当たって貰うが、その分だけ給与は出すから独立できるまでの活動資金にしてくれ。本当に世話になった」

「そう言って頂けて何よりです。長年お世話になっておきながら独立したいなどと申し出て恐縮の限りですが、あと1年間は今のまま全力で働かせて頂きます」


 塾長にして理事長であるノールズや外部から加わった理事たちには数年前から話していたことだがユキナガは来年度終了をもって「オイコット魔呪進館」を退職し、個人事業主の受験指導者として独立することになっていた。


 異世界エデュケイオンの教育制度を発展させることが本来の目標であるユキナガにとって魔術学院受験や呪術学院受験の指導だけで一生を終えることは本意ではなく、いずれは個人事業主として「獅子の門」「修練の台地」といった大手予備校と契約して様々な上級学校の受験指導に携わりたいと考えていた。


 独立の噂を聞きつけて「獅子の門」の塾長補佐である元騎士のジェシカからは給与を大幅に上げることを条件にユキナガを「獅子の門」専属の受験指導者として採用したいとの申し出が届いていたが、もはや一つの塾や予備校に縛られるつもりはないユキナガは専属契約については丁重に断っていた。



 独立が決まったとはいえこれから1年間の受験生活を共に過ごす「魔呪進館」の新規入塾生に全力で向き合っていかねばならないことに変わりはないので、ノールズとの会話を終えたユキナガは明日からの業務に備えて校舎長室に戻ろうとしていた。


 その時、数年前に事務職員として採用した若い女性が受付から歩いてきて、笑顔でユキナガに話しかけてきた。



「すみません、実は本館2期生のミングルさんが久々に校舎に来られまして、ユキナガ先生に改めてお礼を言いたいそうなんです。校舎の外でお待ちなので少しだけ話してあげて頂けませんか?」

「ミングル君ですか? 懐かしいですね、彼ももう魔術師になっているはずです。では少し失礼します」


 卒業生が久々に会いに来てくれたという知らせにユキナガは喜び、業務を離れて校舎の外に出た。


 そこには現在31歳となる卒業生ミングルの姿があり、青年から壮年になりつつある彼はユキナガを見つけて歩み寄ってきた。



「お久しぶりです! 俺、留年したけど今年やっと魔術師になれまして、今は初期魔術研修の前なんです。休暇を貰えたので久々に校舎に来てみました」

「そうなんだね。エンペリアルは進級が厳しいと聞くから、留年して大変だったけど卒業できて本当によかった」


 ミングルは狼人4年目に中央ヤイラム魔進館に入塾し、1年間の受験生活を経て中央都市オイコットにあるエンペリアル魔術学院に進学した男子生徒だった。


 卒業後は音沙汰がなかったが、彼の話によると何回か留年したものの無事に大陸魔術師試験に合格できたらしい。


「先生にお渡ししたいものがあるので、ちょっと付いてきて頂けませんか? あまりお時間は取らせません」

「もちろんいいよ。あまり高価なものは遠慮するけどね」


 「魔呪進館」では卒業生から講師への金品の授与は禁止されていなかったが、私腹を肥やすことに一切興味がないユキナガは普段から10万ネイを超える金品は受け取らないようにしていた。


 ミングルはありがとうございますと答えるとそのまま校舎から離れて歩き始め、ユキナガも笑顔で彼に付いていった。

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