21 魔術師

 迎えが来るまで椅子で休んでおこうとしたユキナガだが、窓の外に気になるものが見えた。


 転生者らしい若い女性を数名のならず者が取り囲んでおり、周囲の人々はその様子を見ながら無視して通り過ぎている。


 事務局に通報すべきかと考えたが、やはり若い男性である自分が直接助けに行くべきだろう。


 近くにいた転生者に事務局の職員を呼ぶよう頼むとユキナガはカバンを持って集会所の外に出た。



「……だからさ姉ちゃん、うちで働かないか? その美貌ならすぐにでも人気最上位になれるぜ」

「いえっ、私は絵画を指導するために召喚されたんです。絵画教室の先生がお待ちなのでそろそろ行かないと」

「こんな郊外で絵なんて描いたってつまんねえぜ。いいからうちの店に来てみなよ、報酬は弾むからさ」

「君たち、嫌がっている女性をしつこく勧誘するのはよくないぞ。すぐにそこを離れなさい」


 若い女性は絵画の指導のために召喚された転生者らしく、小柄だがその容姿はとても美しかった。


 彼女を取り囲むならず者たちは若い女性を売りにする何らかの店の関係者らしく、ユキナガは彼らを注意した。


「何だあ、お前。若造は口のきき方を考えろよ」

「これは申し訳ない、私は先ほど転生してきたばかりなんだ。さあ、今のうちにお行きなさい」

「待てよ、これは俺たちの正当な勧誘活動なんだぜ。営業妨害はやめて貰いたいなあ」


 若い女性を逃がそうとしたユキナガだが、比較的若いならず者はユキナガを非難しつつ女性の行く手に立ちふさがった。



「嫌がる女性を取り囲んで何が正当な勧誘活動だ。君たちは一体どういう教育を受けてきたんだ」

「教育も何も、尋常学校しか出てない俺らには関係ねえ話だよ。お前こそいい加減にしないとその身に教育をしてやるぞ」

「おい、そこの低学歴ども」

「ああ!?」


 彼らに対して低学歴という侮蔑ぶべつ語を使ったのはユキナガではなかった。


 激昂げっこうして振り返ったならず者の視線の先には、30代ぐらいに見える長身の男性がいた。


「そこの転生者が言ってることは正論なのに、お前らみたいな低学歴には理解できないんだな。恥をさらす前にそこから消え失せろ」

「この野郎、一発ぶちのめしてうわああっ!?」


 長身の男性に殴りかかろうとしたならず者の顔面を男性の右手から放たれた火球がかすめた。


 男性は左手を上空にかざすと呪文らしきものを唱え、その瞬間に別のならず者の身体が上空に打ちあがった。


 ならず者は地面に勢いよく落下すると苦痛に顔をゆがめ、悲鳴を上げる。


「いっ、いてえっ!! 何だこれ、魔術か!?」

「そういうことだ。足りなければもっと派手なのを見せてやろうか?」

「ひええっ、すみませんでしたああああっ!!」


 火焔かえんの魔術と重力制御の魔術を瞬く間に放った男性に、ならず者たちは怯えて走り去っていった。



「あっ、ありがとうございます。助けて頂いて……」

「お嬢さん、転生者はあんまり一人で外を出歩かない方がいい。そちらの職員さんに相談して護衛を付けて貰ったらどうだ」

「ええ、すぐご案内します。転生者様へのご説明が足りず申し訳ありません」


 魔術を使った男性に礼を述べた転生者の女性を、事務局から出てきた女性職員は再び屋内へと連れていった。


 見知らぬ異世界を歩く転生者には危険が付きまとうから、彼女はこれから事務局が紹介した護衛を付けられるのだろう。



 転生者の女性と女性職員が去った後でユキナガは自らも男性に礼を述べることにした。


「先ほどはありがとうございました、あなたが来てくださらなければ私も危ない所でした。自己紹介が遅れましたが私は転生者のユキナガと申します」

「ユキナガ? そうか、お前が俺のパートナーになる訳だな。俺は魔術師のノールズってんだ。今はどこでも働いてないけどな」


 ノールズと名乗った男は魔術師らしく、先ほど攻撃魔術を行使していたのも専門家としての職能だったらしい。



「やはり魔術師の方だったのですね。私は教育のためにこの世界に召喚されたはずなのですが……」

「ああ、問題ない。今から説明するが今日から俺とお前は協力して私塾を経営する。そして、その目的は……」


 頷いたユキナガに、ノールズは続ける。



「大陸初の、魔術学院受験専門塾を誕生させることだ」

「魔術学院、受験専門塾……」


 初めて耳にした単語に、ユキナガはこの世界で自分がなすべきことを少しずつ理解し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る