15 覚醒

「グルルルゥ……」


 自らの姿を見て恐れおののくどころか一直線に走ってくる人間を見下ろし、魔竜は唸り声を上げていた。


 4本の脚で地面を踏みしめ巨大な翼をはためかせつつ、魔竜は「獅子の門」に向けて迫り来る。


 いくつもの牙を生やす口からは火球を吐き、魔獣でありながら攻撃魔術を行使するものさえ存在する。


 異世界エデュケイオンにおける規格外の脅威が、魔竜と呼ばれる種族だった。



「貴様などに、魔竜などに私の塾を破壊させてなるものか。この塾はいずれ士官学校専門塾ではなくなり、塾という名称では済まなくなる!」


 魔竜の前に立ちはだかり、ユキナガは自らの理想を叫ぶ。



「そう、この塾は異世界エデュケイオン初の予備校となるのだ。この身が滅んでも『獅子の門』を破壊させはしない!!」

「グガアアアアァァァ!!!」


 自らの行く手を邪魔する小人に対し、魔竜は再び咆哮すると口から火球を放った。


 吐き出された火球はユキナガの身体を焼き尽くさんと空中を突き進む。



「やらせん!!」


 火球が直撃する寸前、ユキナガは右手をかざすと無意識に魔術を行使した。


 ユキナガの前方に魔力による結界が展開され、火球を弾き飛ばした。




 なぜユキナガは魔術師でないにも関わらず魔術を行使できるのか。


 それは、前世における彼の出自に由来する。



 科学界の日本国で最も有名な受験指導者であった大和田おおわだ行長ゆきながは東京大学医学部を卒業しており、医師免許を持っていた。


 理系の学問である医学は異世界エデュケイオンにおける魔術に相当する。


 前世で医師であったユキナガは、転生した時点で魔術師としての能力を与えられていたのだ。




「グルルルル?」


 火球の直撃を受けたにも関わらず消滅していない人間を見て、魔竜は驚いていた。


 その隙を見逃さず、ユキナガは全身の魔力を一点に集中させる。



「消えろ、魔竜よ! 私の命に代えて、この世界の教育制度を進化させる!!」


 自らの理想を全身全霊で叫んだ瞬間、ユキナガの身体は光に包まれた。


 輝く光球となったユキナガの身体は宙に浮かび、そのまま魔竜を目がけて飛んでいく。



 光の速さで飛んだユキナガの身体は魔竜に激突し、そして大爆発を起こした。


 腹部と内蔵を焼き尽くされた魔竜は絶命し、轟音を立てて地面に倒れ伏すとそのまま消滅した。



 こうして魔竜は一切の被害をもたらすことなく消滅し、転生者ユキナガは異世界エデュケイオンにおける人生を終えた。




「ま、魔竜が消えた……? 一体、何があったんだ」

「リナイ先生、私、誰かを忘れてしまったような気がします。こんな時に話すことではないでしょうけど……」


 塾生たちの避難を誘導していたリナイとジェシカは、突如として姿を消した魔竜に驚愕していた。


 ユキナガの記憶は既に2人の脳内から抹消されており、異世界エデュケイオンにユキナガという人物は存在しなかったことになっていた。




 元騎士であり、士官学校専門塾「獅子の門」の塾長であったリナイはある日突然受験指導者としての才能に目覚め、異世界エデュケイオンに「偏差値」や「模擬試験」といった概念を導入した。


 講師たちやチューターの尽力もあって「獅子の門」は年々規模を拡大し、大陸初の模擬試験を開催した10年後にはあらゆる上級学校の受験に対応した「上級学校受験予備校」を名乗るようになった。


 転生者ユキナガの理想は、彼が存在を失った後に叶えられたのだ。



 そして……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る