14 魔竜咆哮

「ユキナガ先生、昨日新しく入塾希望者がお出でになりましたよ。体験受講の手続きは済ませておきました」

「ありがとうジェシカ君。君たち卒業生の協力のおかげで校舎を新設する計画も順調に進んでいるよ」


 ユキナガが顧問として着任してから2年が経ち、「獅子の門」は今日も塾生でにぎわっていた。


 ミサリー士官学校騎士学科の2年生になったジェシカは学業の合間にチューターとして「獅子の門」で働いており、リナイたち講師やユキナガと協力して受験生の指導に励んでいた。


 チューターとはユキナガの提案により新たに導入された役職で、上級学校に通っている卒業生が非正規職員という立場から事務作業と質問対応などの簡単な教育業務を受け持つものだった。


 以前はリナイたち講師が教育業務の全てを、少数の事務職員が事務作業の全てを担当していたが、今では仕事の一部を元塾生の士官学校生に委託することで賃金を安く抑えつつ効率的に業務をこなすことが可能になっていた。



 新年度が始まる少し前には塾生と入塾希望者向けに「受験体験報告会」というイベントを開催し、そこではジェシカとちょうど地方都市カッソーから帰省していたカンラが卒業生として自らの受験体験を発表してくれた。


 2人の協力もあって今年度は新規入塾者が昨年度よりもさらに増加し、生徒数の増加に伴い「獅子の門」の校舎をもう1つ建設する計画も進んでいた。



 校舎で勤勉に働くジェシカたちチューターと熱心に授業や生徒指導を行うリナイたち講師、そして目を輝かせて受験勉強に励む生徒たちの姿を日夜見守り、ユキナガは幸せだった。


 このまま「獅子の門」を士官学校専門塾としてますます発展させ、いずれは魔術学院など他の上級学校の受験指導にも携わりたい。


 そのためには目の前にいる生徒たちを助けていくことが最短にして王道の道と考え、ユキナガは今日も仕事に全力を尽くしていこうと決意した。


 その時だった。



 校舎の外側から、この世のものとは思えない激しい咆哮ほうこうが聞こえた。


 とてつもなく巨大な何かがうごめく音が響き、ユキナガはただ事ではない事態が発生したと直感した。



「ユキナガ先生、ジェシカ先生! 大変なことになりました、今すぐ生徒たちをここから避難させます」

「リナイ先生、一体何があったのですか。先ほどの咆哮は……」

「魔竜です。私も生きているうちに遭遇するとは思いませんでしたが、魔竜が現れたのです」

「それは、噂に聞く……」


 エデュケイオンで生活を送るうちに「魔竜」と呼ばれる脅威の存在についてはユキナガも学んでいた。


 竜という種族は魔獣の中でも特に強大な存在として知られ、2本の脚と大きな翼を持つ飛竜や脚も翼も持たないが長大な身体を持つ蛇竜だりゅうなどの竜は騎士団や魔術兵団の強敵として有名であった。


 しかし飛竜や蛇竜が出現するのは大規模な魔裂まれつに限られ、そのような魔裂が生じ得るのは大陸でもごく一部の地域に限られていた。


 飛竜は大空を飛んで遠方の都市にも被害をもたらすが、それでもカッソーのような田舎町に現れたことはなかった。



 その一方で、魔竜だけは一般的な竜とはかけ離れた性質を持っている。


 魔竜は強大な魔力により己の力で巨大な魔裂を生じさせる。すなわち、大陸のどこにでも出現する可能性がある。


 それだけに魔竜は個体数が少なく、エデュケイオン全体でも10年に1度出現するかどうかという珍しさであった。


 その魔竜が、よりにもよって「獅子の門」の近隣に姿を現したのだ。



「今すぐ生徒たちを避難させれば生命の危機を回避することができます。魔竜はこの空間に短時間しか存在できませんから、時間さえ稼げば問題ありません」

「しかし、この塾は……」

「建物など気にしている場合ではありません。我々職員と生徒たちさえ無事であれば、『獅子の門』はいつか必ず復旧できます」


 リナイはそう言ったが「獅子の門」には地方都市ミサリーの各地から集めた受験情報が保管されており、魔竜の攻撃で校舎ごと吹き飛ばされてしまえば模試で偏差値を算出するための材料が無に帰してしまう。


 そうでなくとも、校舎が跡形もなく破壊されてしまえば「獅子の門」は規模を拡大するどころではなくなってしまう。


 そう考えたユキナガの脳内を、ある考えが走り抜けた。



「リナイ先生、職員と生徒たちの避難はお任せします。私はこの塾を何としてでも守ってみせます」

「ユキナガ先生、何を仰るのですか!? 待ってください!!」


 必死で制止するリナイとジェシカにも構わず、ユキナガは全速力で走り出した。


 校舎を飛び出したユキナガは、遠くに見える魔竜に向けて無我夢中で走った。

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