第6話 壁ドン

予想通り翌日、学校に登校すると成瀬の怪我を見てクラスの女子たちに心配された。

女子たちが成瀬の机の周りに集まり、痛々しい傷を見て、眉をひそめていた。

成瀬は何でもないと誤魔化そうとするが、納得する者がいるはずもない。


「成瀬君を殴るなんて最低!」

「ほんと、許せないよね!」


女子たちが騒ぎ出す横で、いつものように結城は机に伏せて寝ていた。

しかし、珍しく顔を上げて、少しの間ぼぉっとしていたが、呟くように成瀬に集まる女子たちの前で呟き始めた。


「成瀬は他校の男子3人から絡まれていた妹を助けようとして殴られたんだよ」


彼女はそう言って席を立つ。

女子たちも珍しく口を開く結城を見て驚いていた。

怪我の理由を結城が知っていたことも意外だったのだろう。

しかし、それよりとすぐに成瀬へ向き直した。


「そうなの? さすが成瀬君は優しいぃ」

「ほんと、妹想いのいいお兄ちゃんだよぉ!」


成瀬は一気に女子から高評価を受けた。

そこで成瀬が一方的にボコボコにされたことはあえて言わなかった結城。

突っかかって行ったのも妹の方なのに、結城はまるで成瀬が救世主のように言った。

その理由を成瀬は理解できなかったが、周りの成瀬に対する期待を裏切らせないようにしてくれていたのかもしれない。

成瀬は急いで席を立って、周りが心配して集まった女子に謝って後、教室を出た。

そして、廊下に出ると結城を探した。


成瀬は必死に結城の行きそうなところを考えた。

彼女が人の多い場所に行くとは思えない。

だとしたらと思い、成瀬は勢いよく階段を駆け上る。

階段を昇ったその最上階には屋上の扉があった。

屋上の扉は基本、鍵が閉まっていて開いていない。

けれど、結城ならと思い、ノブを回してみた。

するとあっさり回って扉が開いた。

その先に、風で髪を揺らした結城が立っていた。


「結城さん!」


成瀬は結城の名前を呼ぶ。

結城はゆっくりと振り向いた。


「あの、ありがとう」


成瀬の言葉に結城は首をかしげる。


「何が?」

「皆に俺の妹が突っかかって言った事や、俺が一方的にやられたこと言わないでいてくれたこと」

「ああ……」


そんなことかという顔で成瀬を見ている。


「それにあれは結城さんが助けてくれたのに」


成瀬はあの時の事を忘れられない。

あのままだったら、今、こんな怪我では済まなかったし、こうして無事に登校も出来ていなかったかもしれないのだ。

今の成瀬には結城に感謝しかなかった。


「成瀬さ」


彼女はそう言って、ドアの前に立つ成瀬に少しずつ近づいて行った。

結城の方から成瀬に近づくことは珍しく、少し怖い感じがする。

じわじわと寄ってくる結城。

自然と成瀬の足が後ろへと下がる。

そして、気が付けばドアの横の壁にかかとがぶつかっていた。

もう逃げられないと思った。

その瞬間、結城は成瀬の顔の横で思いっきり手のひらを壁に叩きつけた。

世間で言う壁ドンだ。

しかし、結城の壁ドンは全くときめかない。

無表情からして、恐怖しか感じなかった。


「なんでしょう、結城さん」

「昨日の事は絶対に言うなよ」


昨日の事?

成瀬は結城の言おうとすることが理解できない。

昨日はいろんなことがあって、何が結城のばらされたくないことなのかわからなかったのだ。


「昨日の事って?」

「全部だ!」

「全部!?」


全部とは喧嘩で成瀬たちを結城が助けたことだろうか。

それとも父親の店でアルバイトをしていた事か。


「私は私のプライベートの事をあまり人に知られたくない」


結城のいつもながらの不満そうな顔が見える。

成瀬にはやはり理解できなかった。


「どうして? 知ってもらった方がみんなの結城さんに対する誤解がとけると思うけど」

「そんなのどうでもいい。勝手に思いたいように思わせておけばいいだろう」

「でも――」

「しつこいっ!!」


成瀬はまた結城に怒鳴られてしまった。

結城の噂はいいものばかりではない。

あんな言われ方をしたら、結城だって内心は傷ついていると思っていた。

本当は稼ぎの少ない父親の為に仕事を手伝っているだけなのに、それが知られることに何の問題があるのだろうか。


「私はこのままでいいんだよ。同情とか仲良しゴッコなんてまっぴらだ!」


彼女はそう言って屋上を出て行った。


結城は自らの意思で周りと関わろうとしないのだ。

少しでも仲良くしようと思っているのは成瀬だけなのかもしれない。

それでも、なんとなく成瀬は結城が事を気になっていた。

クラス委員の時もそうだが、結城は表向きと本来の姿にギャップがある。

彼女の中に人と関わることの煩わしさはあるかもしれないが、それでも少しぐらいは結城の事を知っている人がいてもいいと思ったのだ。


校内にチャイムが鳴る。

成瀬は慌てて教室へと戻った。

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