夏が過ぎても

羽弦トリス

第1話出会い

朝の目覚まし時計がけたたましく鳴る。

毛布の中の少年は、右手を出して目覚まし時計の頭を押す。静かになると、今度はベッドより離れた机の上のスマホの目覚ましが鳴る。

「んん〜もう、めんどくせぇ」

と、一言言ってから布団をから出た。

時間は6時30分。

階段から1階のリビングに降りると少年の母親は朝ごはんの支度をしていた。

「あらっ、おはよう。ゆう君が好きなカフェオレを買ってきたから。早く、顔洗って着替えなさい」

ゆう君と呼ばれた少年の名は、佐々木悠。バスで40分かかる県立高校普通科の高校二年生。

悠は、歯磨きして、洗顔した。

左頬にニキビが出来ていて、鏡を見ながら両手の親指の爪で挟んだ。

ブュッ。と、中の液体が出てきた。

ニキビは潰してはいけないが、生来のせっかちな性格がそうさせるのだ。

ニキビの痕にクリームを塗ってから、2階へ昇り、部屋で制服に着替えた。6月半ばなので、制服はズボンと半袖シャツだった。

昨夜の宿題と教科書類を学生リュックに詰め込むと、再び洗面台の前に立った。

ワックスで髪の毛を整えるのをうっかり忘れていたのだ。


悠は、

「よしっ。飯だ飯」

と、言ってテーブルの椅子に座ると、2枚のトースト、スクランブルエッグ、サラダ、カフェオレが準備されていた。

彼の父親はトラック運転手なので、朝の5時には出勤していた。

妹の加奈子は中学三年生だが、まだ、寝ている。

学校が自宅の裏に゙あるので毎朝、7時半まで寝ている。

6時半起きの悠は中学時代に戻りたい気分になる。

カフェオレを一口飲むと、パンにマーガリンを塗りイチゴジャムを乗せて食べた。

彼は大の甘党。だけど、太ってはいない。どちらかと言えば筋肉質である。それは、きっと父親譲りなのだろう。

母親の芳江が、

「ゆう君、もうそろ期末考査よね?大丈夫なの?」

悠は、カフェオレを飲みながら、

「昨日も、夜中の1時まで勉強してたよ。隣の加奈子の音楽がうるせぇから、集中出来んかった」

「あの子、音楽聴かないと勉強に集中できないタイプだから」

「なら、ヘッドホンでもしろっての」

悠は去年の誕生日プレゼントで父親からもらったG-SHOCKを見ると7時を過ぎていた。

「いっけね」 

と、一言言ってから玄関に向かった。

「ゆう君、忘れ物」

と、言って母親は弁当を持たせた。

「ありがと、じゃ、行ってくる」


自宅からバス停までは、歩いて10分の所にある。

彼は走って、7時15分のバスに間に合った。

肩で呼吸しながら、涼しい車内で世界史用語集に目を通していた。

乗り過ごす心配は無い。学校から1番近いバス停は終着地だからだ。

バスを降りると、同じ学校の同級生数人に声を掛けられ、彼は用語集を読みながら学校に向かった。

彼は信号の無い交差点を歩いていると、横から衝撃を受け、前のめりになりながら吹っ飛んだ。

悠は左肘をアスファルトに強かにぶつけた。

「す、すいません。大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないから、立てないんだ」

自転車通学している、女子生徒とそこに居合わした別の女子も悠を介助した。


「救急車呼びますか?」

「いいよ……なんだ、ひなたじゃないか」

「さ、佐々木君だよね」

加害者は、同じクラスであまり喋った事の無い、松尾ひなたであった。そして、居合わした別の女子は山岡葵だった。

「ご、ごめんなさい。急に止まれなくて」

悠はバツが悪そうに、

「いや、前を向いて無かった僕も悪いよ」

と、言うと痛む足で立ち上がり、登校した。

悠は午後、早退して整形外科を受診した。

レントゲンを撮ると、左肘を骨折していた。

石膏で左肘を固定した状態で帰宅すると、母親の芳江は驚いた。

「どうしたの?ゆう君。その、左肘」

「転んで、骨折しちゃった。アハハハ」

「アハハハ、じゃないわよ」

「どれどれ、父さんにも見せてみろ」

父親の利樹が腕を見た。

「ま、1ヶ月もすりゃ治る。お前は、せっかちだからいかん。時間に余裕を持て。明日から6時に起きろ」

「えぇー」

「えぇー。じゃない。父さんは毎日4時起きなんだ。1時まで勉強しても5時間は眠れるだろ?」

「……うん」

これが、松尾ひなたとの出会いだった。

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