@that-52912

第1話 夢

人間のこころ。

それは、煉瓦のように積み重なってできている、という話を読んだ。吉本隆明「共同幻想論」に出てくる、フロイトの説であるが。おそらく、正しい、とぼくは思う。ぼくのこころは、土台がしっかりしていない。煉瓦が、1つ、2つ、いや、3つくらいは抜けている。恐らく。夕方になると、ぼくの存在は不安を感じバタバタと音をたて、ぐしゃぐしゃな形に変わってしまう。風にあおられたように。生きて行けるのか?このさき、おれは。


その夜。こんな夢を見た。


ぼくは、どこかを目指して歩いていた。夜である。深夜の、静かな、音が死滅した世界だった。途中、藪があった。人がいる気配がする。覗いてみると、上半身、裸のおんなが藪のなかに座っている。悲しげな顔だった。美しさと哀しみが混ざった表情。やがて、おんなの涙が透明な水溜まりを作り出し、月の姿を鮮やかに写した。睫毛の長いおんなの顔は涙と一緒に暗い輝きを見せる。Kさんだ、と乾いた喉から声を絞り出す。数年前、好きだと言えず、別れてしまった女性だった。近寄ろうとする。ガン、と激しい衝撃のようなものを感じ、ぼくは吹っ飛ばされた。銃で撃たれたようだ。ぼくの身体とこころは、がらがらと音を立てて崩れて行く。煉瓦が崩れて行くように。Kさん、とぼくは涙を流しながら呟く。Kさんは、微笑み、消えた。


夢から覚め、台所で生ぬるい水を飲み干す。気だるい。午前3時の闇に包まれた台所とぼくだった。ぼくは黙って宙を見つめていた。いったい、これからの人生、なにをどれだけ失い続ければよいのさ。僕の足元をゴキブリがはい回る。

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