その9 芋を嫌う料理長

「なるほどな、話は分かった」


屋敷へ戻り、旅の汚れを落として夕食を食べた後、

僕は1人、父上の書斎であった出来事の報告をしていた。


もちろん、あったこと全てを。


「ネバデス達から既に報告は受けているが、

 そうか、あの子も随分と好かれるようだな」


苦笑しながらも報告をしっかり聞き終えた父上が

僕に向かってよくやったと返してくる。


「見事な応対だった。

 譲歩せず、それでいて恫喝したわけでもない。

 完ぺきではないが良い返しだったと思うぞ」


「それなら良かったです」


「それで、その男爵のご子息はどうだった?」


「どう・・・とは?」


「お前から見て、セレクトにふさわしいと思うか?」


「いえ全然」


「ふは、そうか!」


即答する僕に爆笑する父上。

いやうん、アルフならともかく会って間もない、

それもどこか直進バカっぽい彼に妹は任せられないよ。


「男爵家から近いうちに正式な謝罪が届くだろうが、

 まぁ、今回は特に咎めるつもりはない」


「恩を売る、ですか?」


「そんなところだ。

 お前の持ち帰った甘芋に関しても、

 基本的にはエルデリラス男爵家が本家本元とするつもりだ」


あの甘芋はエルデリラス男爵が拝領される前から

長い間彼らが守り続けたもの。

それを横からかすめ取るなどということがどうしてできようか。

たとえ今回の失態の埋め合わせであろうとも。


それが父上の答えだった。

僕もそれには同意する。


「・・・しかし」


「はい?」


「少しお前、他人行儀すぎないか?」


「えっ?」


唐突な父上の言葉にはて?と首をかしげる。


「前はもっと俺と話すときは砕けていたぞ?

 あの話をしてから妙に遠慮を感じるのだが」


「・・・あー」


僕に過去の記憶があることを暴露してから、

どうにも意識してしまっているのは確かだ。

なるべく今まで通りにしよう、

と意識しているのが逆に駄目だったんだろう。

かえて不自然になってしまっていたのかもしれない。


「すみません、どうにも」


「ほらそこだ。

 いつもならごめんなさい、だぞ」


「うっ」


父上はデスクから立ち上がり、

僕の座るソファの隣に座りなおし、僕の頭に手を乗せる。


「今まで無意識に抑えていたものを解き放った反動だろう、

 余計に俺が他人の大人に見えてしまうんじゃないか?」


「いや、そんなこと・・・」


ない、と言い切れるかと言えば、なんともいえない。

彼は僕の父上だ。これは完全に僕の中でも統一されてる。

だけど、確かに考えてみると他人行儀なところが出てるような気がする。

もっと正確に言えば、年上を敬うような態度・・・


「あー、そっか」


「うん?」


「どこか遠慮してるのかもしれない」


「ふむ?」


暴露したことで、

父上には僕が見た目相応の年月より生きていたことを知られている。

僕の過去にある記憶は正直曖昧な所が多いけど、

それでも学生時代までは生きてきたことを知っている。

そして学生時代は基本的に年上に大して遠慮をする。

敬語で話したりとかがまさにそうだ。


それが出てきてしまってるのかもしれない。


「これ、治せるかなぁ」


流石に無意識レベルでそうなってるとなると、

治すのに意識しながらじゃないと無理そうだ。


「俺では力になれんか?」


「むしろ父上にしか力になってもらえないと思う」


「ぬ、そうなのか??」


ちょっと寂しそうな表情で僕に問いかけてくる父上の言葉に

即答でそう返すと、きょとんとした表情で見返してくる。


だってこれ、父上にしか意識してないし。

父上相手になんとしても治しておかないと。

というか治したい。


「多分なんだけど・・・」



というわけで僕の予測を父上に話すと、

そういうことか、と苦笑しながら頭をなでてくる。


「お前の中には相応の年齢となった記憶がある以上、

 意識してしまえばそうなってしまうのも自然なことか」


「すみま・・・じゃない、ごめんなさい」


「謝ることじゃない。

 まぁ、言ってみれば妙に大人びた子供になってしまったんだろうな」


父上に暴露したことで、ある意味では遠慮がなくなったんだろう。

子供らしく、という自分が薄れてしまったのかもしれない。


「そういうことなら、まぁそのままでいい」


「・・・え」


「それこそがマリウスらしいということだ。

 なら無理に矯正するよりもそのままのほうがいいだろう」


と言ってぽんぽんと僕の頭をなでる父上。

あれでも僕は治したいと思ったんだけど。


「無理に直そうとするのは自分自身を押し殺すようなものだ。

 貴族社会ではある意味正しい事だろうが、まだお前には早い。

 だからそのままでいい。

 遠慮してしまう話し方でもそこに理由があるのだから別にいい。

 少なくともお前自身は俺たち家族に対して何が変わったわけでもないだろう?」


僕が父上や皆に対して・・・うん、別に変えたつもりはない。

無意識レベルで変わってしまってるところはあるかもしれないけど。


「あまり深く考えず、今日はゆっくり休みなさい。

 明日、あの手に入れた甘芋の実食をするのだろう?」


「うん。

 あまり自身はないけどね」


「何事も挑戦だ。

 それじゃ、おやすみ、マリウス」


「おやすみなさい、父上」




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そして翌日のお昼過ぎ。

僕は家族全員でキッチンに陣取るのだった。

もちろんキッチンの長である料理長もいる。


「本当に芋を調理なさるので・・・?」


なおその料理長はとっても不満そうな顔をしていた。

芋といえば庶民、それも食うに困っている場合に食べるようなものだ。

である以上料理長のプライドが芋を扱うことを許さない、というところだろう。


「これは甘芋っていってエルデリラス男爵領でだけで栽培しているものなんだよ」


と紫色の皮の芋を見せる。

その芋を見せたとたん、父上と母上が眉をひそめた。


「マリウス、本当にこれを、食べるの?

 なんか毒々しい色をしていない?」


「本当にこんな色の芋があるのか・・・」


紫色だもんね。その気持ちは分からないでもない。

けど生で食べてもとりあえず問題ないのは実食済み。

不味いけど。


「坊ちゃん、やはり止めませんか?」


よほど嫌なのか料理長は何かのタイミングで止めにかかる。

そこまで芋を嫌うの?というか嫌うものなの??


「やめないよ。

 何のために遠慮はるばる手に入れたと思ってるの」


「はぁ・・・」


「それで、どう調理するんだ?」


「えっと、蒸したいんだよね」


「正気ですか?坊ちゃん」


まさかの正気を疑われたよ・・・。

流石にその料理長の言葉にランローク、じい、父上の睨みが料理長に向けられる。

しかしキッチンの長である料理長は一切動じない。

むしろ僕を蔑んだ目で睨む・・・ほどではなさそうだけど、見返してきた。


「蒸すのは高級料理で用いられる手法です。

 それを芋ごときにさせるのは流石に私たちに対する侮辱です」


うわ、侮辱とまで言われたよ・・・。




この世界には当然、幾つもの料理方法がある。

その中で一般的なのが、焼く、煮る。

暖をとるための薪をそのまま利用して、

串に刺したものを焼いたり、吊るした鍋で煮る。

それが一般的に用いられる調理方法だ。


もちろん料理を専門で行う料理店や宿などでは専用のかまどがあったりするし、

貴族であれば同じように調理するためのかまどがある。

逆を言えば一般ではそんな高価なものは用意出来ないため、

基本的には暖を取るための薪をそのまま利用するか、生で食べる。


ちなみにかまどを使っても、焼くのが串焼きからフライパンに変わる程度で、

焼く、煮るが基本なのは変わらない。


といっても他の調理法がないわけではない。


僕が言った蒸す、もそうだし、発酵させることも普通に行われている。

ただ、蒸すには専用の機材が必要になるのでそれだけでもそれなりの費用がかかるし、

普通より調理時間も手間もかけるのであまり使用される手段ではない。


にもかかわらず僕はそれを選択した。

確かに本に書いてあったからだ。蒸すのが1番いい、と。

だから、僕は首を横に振って、諦める。


「じゃあ、仕方ないね」


「えぇ、あきらめ・・・あの、坊ちゃん?」


料理長にお願いをすることを。


「ランローク、手伝ってもらえる?」


「はい、喜んで!」


僕はキッチンへと足を踏み入れ、手を洗った後に蒸し器を取り出そうとし、

けっこうな重量にランロークにお願いする。


「坊ちゃん?」


「兄さま!私も手伝います!」


「ありがとうセレクト、ちゃんと手を洗ってね」


「はいっ!」


「では私も」


「そしたらセリナさんはかまどに火を入れてもらっていいかな?」


「了解しました」


僕たちはキッチンで芋を調理するためにてきぱきと準備を開始する。

しばし呆然と眺めていた料理長だけど、次第に顔を赤らめて怒鳴りだした。


「坊ちゃん!」


「なに?調理中は危険なんだから大声出して脅かさないでくれる?」


「なにをなさっておいでですか!?」


「なにって、芋の調理」


「そうではなく何を勝手に!!」


そう叫びながら僕に近づく料理長から守るようにランロークが立ちふさがる。

その背後から僕は料理長へと言葉を投げかける。


「料理長は嫌なのでしょ?」


「何がですか」


「この芋を調理するのが」


「えぇ、我らにこのようなものを調理させるのは

 侮辱以外の何物でもありません!」


「だからだよ」


「何がです!」


「料理長が嫌なら自分でやるしかないじゃない。

 折角苦労して手に入れたものを実食するために。

 僕だって嫌がる料理長にむりにさせようなんて思ってないよ」


その言葉に料理長が固まってしまう。

料理をさせることを断られた。

だから、諦めるのではなく自分でやる。


別におかしい事じゃないと思うけど・・・


「あ・・・そっか。

 ここを使うこと自体がダメってことだね?」


「あ、いや・・・」


考えてみたらこのキッチンは彼の領地・・・いや聖地だ。

そこで好き勝手すること自体を嫌がるのは当然かもしれない。

なにせ芋の料理をさせることをここまで拒絶するんだ。

芋の料理をこのキッチンでされること自体が嫌なんだろう。


「父上、どこか借りられる調理出来る場所はないですか?」


「ん?ん、そうだな・・・」


「貴方、それならいつもお世話になっている紅ウサギ亭なら

 貸していただけるのではないかしら?」


「ふむ、そうだな、ネバデス」


「はい」


「今すぐ許可を・・・」


「待ってください!!!」


とんとん拍子に進む僕らの会話に割って入る料理長。


「な、なに?」


「何故そこまでこの芋にこだわるのです!

 芋ですよ!?庶民もこのんでは食べない芋です!」


「だからこれは甘芋っていう芋だから今までの芋とは違うんだよ」


「だからと言って、そこまで何故こだわるのです!!」


「食べてみたいから」


何故そこまでこだわるのか?

別にこだわってない。

ただ食べてみたいだけ。

それも1番の調理方法で。


僕の言葉にまた固まってしまう料理長。

そしてすぐにうなだれて、分かりましたとうなずく。


「よし、ではネバデ


「私が調理します」


「・・・え?」

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