気象変更ボタン

榮樂奏多

第1話

『こちらのボタンひとつで、あなたに天気を操作して頂けます。』




突然、俺のもとに一人のセールスマンが来た。

何を言い出すのかと思ったら"天気を操作"だと?

何を言われても断るつもりだった俺の心が、不覚にも少し揺れ動いてしまった。

「天気を、操作?」

俺がそう尋ねると、

『そうです。料金は一切頂きません。そしてこれは仕事なので、給料もございます。ただあなたに、気象変更ボタンでこの世界の天気を管理して頂きたいのです。』

俺が、この世の天気を管理?

というか、今まではどうだったんだ?

俺は気になって、セールスマンに尋ねた。

「今までは誰が管理してたんだ?」

『今までは気象変更ボタンというものは無かったんです。』

「なっ、無かった?じゃあ、なんで急にそんなものが?」

『実はこれ、政府が極秘で進めているプロジェクトでして。天気が自由に変更できれば市民の生活も楽になるのでは?と。』

「でも、なんでそんな重大そうな役を、俺なんかが?」

そうだ、俺じゃなくてもいいはずだろ。

そもそもこんな重大なこと、一般市民に任せるなんて。

政府も頭がおかしくなったのか?

『だって、あなたは無職でしょう。いつでも天候を変えられるように、無職の方たちの中でも適任だと政府で判断されたのが、あなただったんですよ。』

あぁ、そうだ。

俺は、ただのニートだ。

でも、それなりにいい大学を出ている。

たしかに適任かもしれない。

本当に俺に務まるのかは少し不安だか、面白そうだし受けてみよう。

「わかった。その仕事、受けます。」




このときは、まだ軽い気持ちで考えていた。




『では早速、こちらが気象変更ボタンとなります。そして給料のほうですが、あなたの仕事のこなし具合で給料を決めさせて頂きます。』

「わかりました。天気は自由に変えていいんですか?」

『はい、あなたのお好きなように変更して頂いて構いません。ほかに質問等ございますか?』

「大丈夫です。」

『では、これからよろしくお願いします。僕はこれで失礼します。』

セールスマンが帰って行った。




玄関ドアが閉まると同時に、セールスマンがいた時より、さらに気象変更ボタンへの興味が湧いてくる。

太陽のマークが描かれたボタン。

傘のマークが描かれたボタン。

雲のマーク、風のマーク、雪のマークなど、様々なボタンが並んでいる。

そして俺は、俺の住むワンルームにギラギラと差し込む強い夕日を確認して、傘のボタンを『カチッ』っと押した。

すると、次第に闇が広がりポツポツと雨が降り始めた。

段々と雨足が強くなりザーザーと音を立てて降り注ぐ。

外にいた人たちは急な雨に驚き、家路を急いでいる。

誰も傘を持っていない様子だ。

少し罪悪感が湧いてくる。

俺は急いで太陽のボタンを押した。

雨足は弱まり、また夕日が差し込んだ。

その夕日も次第に沈み、夜がやってきた。




部屋の電気をつけて、テレビでニュースを見ることにした。

天気予報がどうなるのか気になった。

だから、普段は見ないニュースを見る。

『続いては、明日の天気です。今日は雲ひとつない青空から一変し、予定外の急な雨が降りましたが、明日は全国的に一日中晴れの予報です。』

そうか、"世界中の天気を変える"だから俺が太陽のボタンを押せば雲ひとつない青空になる。

予報にない雨を降らせることも出来るし、なんなら夏に雪を降らせることだって可能なんだ。

これから天気予報は意味が無くなる、ってことか。




そんなことを考えていると、一本の電話が鳴った。

「もしもし。」

『もしもし、夕方頃に気象変更ボタンの件でお伺いした天野です。』

「はい、何でしょうか。」

『ひとつだけ、言い忘れていたことがありまして。気象変更ボタンに関して知っている者は政府のみです。気象変更ボタンのことはどうか内密にお願いします。もし、誰かに言ってしまえばそれなりの罰則もございますので。』

「わ、わかり、ました。」

『では、失礼します。』

それなりの罰則って、なんなんだ?

誰かに言ってしまえばどうなるかわからないなんて。

まあ、言わなければいいだけの話だ。

特に気にすることもないだろう。

そう考えながら、俺は眠りについた。




そして朝、今日の天気をどうするか悩んでいた。

ふと昨日のニュースを思い出す。

"明日は全国的に一日中晴れの予報です"

そうか、予報が外れれば外出中の人は困るだろう。

今日は一日中晴れにしておこう。

もし雨を降らせる時は夜中に雲を出してから段々と朝から降るようにしないとな。




そんなこんなで、順調に一週間、一ヶ月と時は進んだ。




だが、俺は精神的にも体力的にも限界が来ていた。

夜も天気を管理するため眠ることは出来ないし、少し睡眠時間を取れたとしても、また朝早くに起きる。

そんな日々の繰り返しで、もう疲れた。




そして俺は、次第に仕事を放棄するようになっていった。

最後に押したボタンは太陽。

俺はなにかをする気力はなく、ワンルームの隅に座り込み、じっと一点を見つめる。

知らぬ間に時は一年、二年、と進み続ける。

俺はその間、生きるための最低限の動きしかしていない。

喉が乾けば水を飲み、一日一食だけはなんとか食事を取る。




ある日当然、水道から水が出なくなった。

それはただ俺が水道代を払えなくなったからだと思ったが、どうやらそうではないらしい。

ずっと晴れにしてたが故にこの世から水が消えたようだ。

太陽の熱で水が蒸発し、普通なら雨が降るが、それも俺のせいで雨は降らない。

そして何年もの時が経ち、水が消えてしまったらしい。

そのせいで植物も育たなくなり、動物たちももちろん死んでいる。

魚だって、水がないからもちろん全滅だ。

それに、俺の気づかないうちに地球温暖化も進み、一時は南極や北極などの氷も溶け、知らぬ間に一部の陸が沈んでいたらしく、その時はとんでもない死者の数がいたそうだ。

そして今はもう乾燥しきって水は無く、水分不足や熱中症で道端には死体が転がり落ちていた。

とても生きていける状態では無い。




俺は急いで雨を降らせるためにボタンを押した。

雨が降らない。

なんで、なんで降らないんだ。

俺は天野という奴のことを思い出し、急いで電話をかけた。

『もしもし。』

「もしもし?雨のボタンを押しても雨が降らないんだ。どうすればいいんだ、俺はどうすれば?」

俺は焦りながら声を震わせ尋ねる。

『これは罰です、仕事を放棄した。』

「そんなの聞いてない、仕事を放棄すると罰則があるなんて、そんなことお前いつ言ったんだよ。」

天野の冷静さに怒りを覚え、俺は怒鳴るような声で言った。

『当たり前でしょう。社会は仕事をしなければ給料は無し。それと同じようなものですよ。』

変わらず冷静さを保つ天野に対し俺は怒りが最高潮となり、電話が壊れそうな勢いでガチャっと切る。

そのままの勢いで、俺は気象変更ボタンを床に叩きつけるように投げ捨てた。

バラバラになった気象変更ボタンのせいで、天気が荒れ狂い始める。

晴れたと思えば雨が降り、雷が鳴ったと思えば雪が降る。

俺は暴走する天気を気にも留めず、喉が擦り切れるほど叫ぶ。

「あ"あ"あ"ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」




俺はとんでもなく馬鹿で屑な人間だ。

ボタンひとつで陸を沈め大勢の人々を殺し、この世から水を消し去り水分不足の人々で溢れかえり、窓から見える景色は死体だらけで。

俺がいなければ、こんなことは起きなかっただろう。

あんなに軽い気持ちでこの仕事を受けたから、きっと神様が下した天罰だ。

俺は殺人犯だ。

ボタンひとつで大勢の人々を殺した。

俺が生きている価値など、ある訳がない。

もういっそ、俺が死ねば天気だって戻るかもしれない。

そうだ、死のう。

そうすればきっとこの世に平和が戻る。

その保証がある訳ではないが、たぶん俺は死ぬべきだ。

俺はワンルームの窓を開け頭から飛び降りた。




"ドン"という衝突音が、雨の音と共にこの町に鳴り響いた。

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