第3話 どうしてクビにならないのか不思議な担任教師





「うぃー、おはよー。うっぷ、今日は二日酔いで頭痛いから大声出さないでねー」



 予鈴が鳴ると同時に教室へ入ってきたのは、酒臭い女の人だった。


 あれは鳴海なるみ先生。


 ここ一週間、一度たりとも二日酔いじゃなかった日がない酒カス教師である。



「先生、また合コンですか?」



 生徒の誰かが問う。



「おん。いやー、昨日の合コンはイケメンな医者がいたんだけどねー。箸の持ち方が汚いわ、居酒屋の店員には高圧的だわ、くっちゃくっちゃものを食べるわ、もう最っ悪!! 速攻で女だけで二次会したわー!! んで、その女の子お持ち帰りしてー、朝までヤりまくったー!!」



 さらっと爆弾を落とす鳴海先生。


 学校の教師がするような話ではないが、続きがもの凄く気になる。



「……先生、伝達事項が無いのであれば、ホームルームを終えてはいかが?」



 ここで鳴海先生に正論という名の拳を叩き込んだのは、一年C組のクラスの女王、宮代さんだった。


 相変わらず迫力があって怖いが、先生に対して物怖じせず意見できるところは素直に凄いと思う。



「あ、ごっめーん。朝の連絡事項は無いよー。じゃあ私は職員室で迎え酒してるから、一限目遅れないようにねー」



 今から飲むのか……。



「なんであの人、クビにならないのかしら?」



 宮代さんの呟きが、クラスの声を代弁する。


 いや、悪い先生ではないのだ。


 常に二日酔いだが、担当科目である数学は分かりやすいし、話も面白い。


 ただ酒癖が悪いだけで、仕事中に酒盛りを始める以外は善良な先生なのだ。


 ただ、酒癖が悪いだけで。


 ……ホントなんであの先生クビにならないんだろうね?



「……一時間目は生物か。移動教室はありがたい」



 俺のようなぼっちは移動教室で救われることが多い。


 休み時間、教室の隅っこで顔を伏せているよりは、移動教室の方がギリギリまで一人でいるところを見られずに済むからな。


 適当に遠回りしながら生物室に向かうんだ。


 と、思ったのだが……。



「やっぱり国民的アニメって凄いよね。数十年単位で続いてるんだから。でも原作書いてた人とか死んじゃってるのに、どうなってんだろ? ちび◯子ちゃんとか」


「それは隠せてないんよ。あとうち、アニメ見ぃひんから分からへん。見てもおじゃる◯くらいやわぁ」


「いや、るりるりも隠せてないよ? 私のこと注意できないよ?」



 何故、どうして俺は布留川さんや坂本さんと生物室に向かっているのだろうか。



「めいめいはどう思う? ていうかめいめい、アニメって見る?」


「うーん。私はよく分かんないかな……。うちは色々厳しいから、アニメも見たことなくて」



 そして古神さん、何故俺の隣を歩いているのか。



「あ、あの、鈴木くんは、アニメ見たりしますか?」


「……え?」



 こ、ここで俺に話題を振ってくるのか!?



「あっれれー? もしかして私らの話聞いてなかった? 駄目だぞぉ、人の話はちゃんと聞かなきゃ!!」


「い、いや、聞いてはいたんだけど、急に話を振られてビックリしたって言うか……」


「あ、ご、ごめんなさい。いきなり馴れ馴れしかった、ですよね?」



 おっと、古神さん。


 その少し涙目になりながらの上目遣いは反則なんじゃあないか?



「いやいや、全然!! えっと、どんなアニメ見てるか、だっけ? 色々見てるよ。ラブコメものだったり、異世界ファンタジー系だったり。最近はシマ娘とか見てる」


「シマ娘!! それ私も見てるよ!! ゲームの方はやってないけど!!」


「ゲーム? なんやのん? そのシマ娘て」 



 坂本さんが首を傾げた。


 シマ娘というのは、少し前に流行った覇権コンテンツである。

 スマホゲームが原作で、最近三期の放送が始まったのだ。



「うーん、簡単に言うと、日本の各地にある島を擬人化したゲーム、かな」



 ゲームをやらないであろう人に向けて説明するなら、こうだろうか。


 坂本さんは更に首を傾げながら、一言。



「それ、面白いん?」


「がはっ」



 俺は膝から地面に崩れ落ちた。


 ゲームを全くしない人から、「それ何が楽しいの?」って言われると凄く傷つくのだ。


 こう、「時間は有限なんだから、そんな無駄なことで浪費してないで何か役立つことをしようよ」と言われているような気がして。


 いや、ただの被害妄想なんだけどね!!


 でも良い子の皆は言わないようにしよう!!



「面白いよ!! シマ娘たちがチャカを持って敵対組のシマを荒らし、ぶん取る!! 高度な戦略シミュレーションゲームだからね!!」


「なんやおっそろしいわぁ」



 そんな雑談を交えながら、俺たちは生物室に到着する。


 なんか疲れたな。主にメンタルが。


 さっさと席に座って、授業が始まるまで一眠りしようか。


 そう思って生物室の扉を開いた次の瞬間。

 キラリと光るナイフのようなものが俺の脳天目掛けて飛んできた。



「うおっ」



 手でナイフのようなものを指と指の間でキャッチする。



「これは……」


「おっと、すまん。手が滑った。大丈夫か、鈴木」



 俺に話しかけてきたのは、ボサボサの髪と丸眼鏡をかけた白衣の女の人。


 この人は生物担当の長谷川先生だ。

 


「先生、これって……」


「解剖用のメスだ。今日の授業でやる解剖の見本として魚を分解してたら骨に引っかかってな。無理矢理取ろうとしたら飛んでった。すまないな。ははは」


「まったくもう、気を付けてくださいよ。怪我したらどうするんですか。あはは」


「いや、笑てる場合ちゃうやろ。下手したら一馬はん脳天にメス突き刺さったんよ? もう少しなんかあるやろ。ほんでようキャッチしたな?」



 坂本さんが怒涛のツッコミを入れてくるが、気にしないものとする。


 しばらくして本鈴が鳴り、長谷川先生が授業の開始を宣言した。


 

「じゃあ、授業を始める。今日は――」



 その時、不意に誰かのスマホが鳴った。


 クラスメイトがざわめくものの、誰のスマホが鳴っているのか分からない。



「あっ、私か」



 そう言ってスマホを取り出したのは、長谷川先生本人だった。



「む、鳴海か。もしもし、何か用か?」


「「「「あ、電話出るんだ……」」」」



 どうやら長谷川先生の電話の相手はC組の担任、酒カス教師の鳴海先生だったらしい。


 そして、長谷川先生は何を思ってかスピーカーへと切り替える。



『もしもーし。私でーす!! はーちゃんもお酒飲まなーい?』


「今は授業中だ」


『あれー? そうだっけー? まあ、細かいことは気にしなくていいじゃん? あ、前から聞きたかったんだけど、消毒用のアルコールって飲めるのかなぁ? そこら辺どう――』


「知るか」



 ピッと通話を切る長谷川先生。



「……皆はこんな大人にならないように。あれは社会のゴミだ」


「「「「……」」」」


「では、授業を始める」



 こうして授業が始まった。


 余談だが、一限目の生物の授業を終えて教室に戻る時、廊下で泥酔している鳴海先生が倒れていたのは別の話。




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