8
御澄宮司は、身体の前で刀を構えた。
刀からは、紫色の
紫鬼は、大鎌を身体の前に構えて、麗華を見つめている。
「瀬名さんを連れて、下がってください」
「はい!」
僕は、前から抱きつくようにして、瑛斗をソファーから下ろした。そしてそのまま、部屋の隅へ引きずって行く。
「瑛斗! 起きろ!」
身体を揺さぶりながら叫んでも、瑛斗は目を開けない。たまに小さく
——くそっ! 目覚めてくれたら、瑛斗だけでも逃がせるのに!
僕は、麗華の方へ目をやった。麗華は、紫鬼と睨み合っているようだ。
「紫鬼!」
御澄宮司が声を上げ、刀を振り上げる。すると、同じように紫鬼も大鎌を振り上げ、先端がギラリと輝くと、鎌は麗華めがけて振り下ろされた。
一瞬、当たったかのように視えたが、麗華は大鎌をひらりと避ける。そして一歩踏み出すと、すうっと姿が視えなくなり、次の瞬間には、御澄宮司の後ろにいた。
「あっ!」
僕が声を
御澄宮司は左下に構えた刀を、右上へ振り上げた。大きく振り上げられた紫鬼の大鎌が、麗華の腹部を斬ったかのように視えたが、麗華は後ろへ飛び退いて、また姿を消す。
チッ! と舌打ちする音が聞こえた。
紫鬼の大鎌が当たる気配がないので、御澄宮司も苛立っているようだ。瑛斗の家で戦った時も何度も
御澄宮司が刀を振る度に、ヒュッ、と空を切る音が聞こえる。
紫鬼が大鎌を右上から斜めに振り下ろすと、棚の上に飾ってあったガラス細工が落ちて、ガシャーン、というけたたましい音と共に砕け散った。
——そういえば御澄宮司が、刀の呪力は無限ではない、と言っていた。紫鬼はどのくらいの間、戦えるんだろう。このままずっと避け続けられたら……。
すると、一度姿を消した麗華が、壁際に姿を現した瞬間、紫鬼が大鎌を振った。鎌が麗華の首筋を斬った——と思ったが、バシッ! と電気がショートするような衝撃音が鳴り響く。
——何の、音だ……?
「くそ! 武器まで使えるのか!」
御澄宮司の声が聞こえたのと同時に、紫鬼が後ろへ飛び退いた。
僕が麗華に目をやると、彼女の胸の前には短剣が見えた。全体が真っ黒な短剣を横にして、紫鬼の攻撃を防いだのだ。
——あの短剣は、麗華が自分を刺した短剣じゃないか!
紫鬼が大鎌を使えるように、麗華も短剣を使うようだ。ということは、紫鬼も短剣で斬られるとダメージを負うのだろう。紫鬼は先ほどよりも、麗華から距離をとっている。
「しつこい人は、嫌い……」
麗華は無表情で
「俺も、しつこい女は、嫌いだ!」
御澄宮司は再び刀を振り上げた。紫鬼が、大鎌を真上から振り下ろす。
すると麗華は避けずに、短剣で軽々と大鎌を受け止める。その瞬間、バシッ! という大きな音が響いた。彼女たちが持っているのは、金属ではないので、呪力同士がぶつかった音のようだ。
——このままじゃ、決着がつかないような気がする。刀の呪力が尽きないうちに、どうにかしないと……。
ぺた、ぺた、ぺた、
後ろにある外廊下から、板の上を手のひらで叩いたような音が聞こえた。何となく、聞き覚えのある音だ。
僕が振り向くと、
「まま……」
瑠衣が小さく呟いた。
麗華は御澄宮司と戦っている。また、母親が斬られるところを、瑠衣に見せないといけなくなるのだろうか。そう思いながら、2人の方へ目をやると——。
紫鬼が、こちらを見ている。
でも僕とは、視線が合っていない。
——僕じゃなくて……瑠衣を見てるんだ!
考えるよりも先に身体が動いた。紫鬼から瑠衣が見えないように、瑠衣の前に両膝をつく。すると紫鬼は、僕の目を見た。
味方のはずの紫鬼に見られているのに、心臓の鼓動は大きくなり、身体が冷たくなって行く。僕は思わず息を呑んだ。
すると紫鬼は、また麗華の方へ向き直った。僕が霊体ではないと理解したのだろうか。
——あれ……? なんで、僕は……。
麗華と瑠衣を祓おうとしているはずなのに、なぜ瑠衣を庇っているのかが、自分でもよく分からない。
「おなか、すいた……」
瑠衣の声がして振り向くと、なぜか瑠衣は向きを変えて、廊下を歩いて行く。
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