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 僕が言うと、御澄宮司は目を見開いた。


「そうか。死霊に感情移入してしまう一ノ瀬さんだからこそ、思いついたことですね! たしかに、男の遺体は近くに遺棄したとして、細身の女性と子供の遺体だけなら、遠くに運べたかも知れませんね!」


「そう、ですね……」


 ——なんだろう……。今、何かが引っかかったような……。


「でも、少しでもいいので、何かの確証が欲しいところですね。行って、何もなかったでは困ります」


「そうですよね。おじいさんは麗華から、家族や友達の話を聞きませんでしたか? 仲が良かった人を知りたいのですが」


「仲が良かった人の話は、あまり聞いたことがないなぁ。どちらかというと、よくない話の方が多かったからね」


「そうですか……。じゃあ、誰かがたずねてきたのを、見たことはないですか? 誰も来ないってことはないと思うんですけど」


「うーん……。尋ねてくる、というか……。営業マンと楽しそうに話しているのは、何度か見かけたなぁ」


「営業マン?」


「あぁ。よくマンションにくる、不動産会社の営業マンだよ。銀色のメガネをかけた、30代くらいの男だったなぁ。瑠衣くんも懐いているようで、お兄ちゃん、お兄ちゃん、て呼んでいたよ」


「お兄ちゃん……」


 母親よりも年上の男は、瑠衣にとっては『おじちゃん』になるのではないだろうか。それに、なぜ今、牧田を思い浮かべたのだろう。営業マンなんて、いくらでもいるはずなのに。


「そういえば、瑠衣くんの友達も、その営業マンが案内していたなぁ」


「友達……? それって、いつのことですか?」


「私はもう、時の流れがよく分からないが……。それほど前じゃない。可愛らしい女の子だったよ。瑠衣くんと手を繋いでいたから、仲がいいんだなぁと思いながら見ていたんだ」


 ——瑛斗の娘のことだ!


 瑛斗にこのマンションを紹介したのは、牧田だ。……なんだろう、何かがおかしい。牧田がこのマンションの担当なら、顔見知りでもおかしくはないけれど、なぜ、麗華と何度も話をしていたんだろう。


 麗華が美人だったから、話しかけていたとも考えられるけど、何かが引っかかる。さっきの『お兄ちゃん』が気になっているからだろうか。


 それとも、牧田のイメージが悪すぎて、誰かと仲良くするのが想像できないから?


 ——あれ? そういえばあいつ、何かを言っていたような……。


 帰り際に何かを言っていて、腹が立ったはずだ。なんて言っていたんだっけ。たしか——。


って、言ったんだ……」


「え? なんですか?」


 御澄宮司が、僕の顔をのぞき込んできた。


「麗華が話をしていたのは、おそらく、牧田という営業マンだと思います。それから、瑛斗にこのマンションを紹介したのも、その牧田なんです。明らかに事故物件なのに、それを隠して契約させていると思ったので、僕と瑛斗は、牧田にそのことを認めさせようとしたんです。


 でも……。結局、全然認めなくて。その帰り際に、牧田が言っていたことを思い出したんです。あいつは、瑛斗の娘と同じ歳の甥っ子がいるって、そう言ったんです!」


「それが、子供の霊のことだと言うんですか?」


「そうです。それなら、全部の辻褄つじつまが合う気がするんです。瑛斗がこのマンションに引っ越してきたのは、瑠衣が瑛斗の娘を呼んだからだと思っていたのが、そもそも間違っていたんです。


 瑛斗をここへ連れてきたのは、営業マンの牧田なんですよ。その牧田は、多分、麗華の兄です。だから、瑠衣がお兄ちゃん、て呼んでいたんだと思います。小さな子供って、大人の真似をするんですよ。麗華がお兄ちゃんと呼んでいたから、瑠衣もお兄ちゃんと呼んでいたんです。


 それから、あの凄惨せいさんな事件の現場も、牧田なら、内装業者の伝手つてがあるはずです。急いで作業をさせて、終わったら、麗華が記憶を消してしまえばいい。


 旦那の遺体の処理も、このマンションの担当をしていた牧田なら、見つかり難い場所くらい、把握しているはずです。おそらく、旦那の遺体だけは、このマンションの敷地内にあるんだと思います」


 僕が言い終わると、静かに聞いていた御澄宮司が、口元に笑みを浮かべた。


「なるほど。やっと、すっきりしましたね。たしかにそれなら、辻褄が合う。手掛かりを握っているのは、その牧田という営業マンでしょう。今日はもうどうにもならないので、明日の朝、不動産会社へ行って、話を聞かせてもらいましょうか」


「そうですね」


 前は、上手いことはぐらかされてしまったが、今度こそは、本当のことを聞き出さないと。今回は瑛斗の命がかかっているのだから、引き下がるわけにはいかない。


「さて……」と、御澄宮司はおじいさんの前に立った。


「話を聞かせていただいて、感謝しています。だからこそお伝えしますが、このまま家に留まり続けると、あなたはいずれ、悪霊になってしまう。そうなれば、私はあなたを祓わなければならなくなります。いつまでここに留まるおつもりですか?」


 御澄宮司の言葉に、おじいさんは微笑んだ。


「心配しなくても、そろそろ行くよ。3日後に、娘が手術を受けるものでね。それを見届けたら、行こうと思ってるんだ」


 ——娘さんのことが心配で、留まっていたのか……。


「それなら結構です」


 御澄宮司はおじいさんに頭を下げ、僕の方を向いた。


「では、行きましょうか」


「はい。おじいさん、ありがとうございました!」


 僕が言うと、おじいさんは笑顔でうなずき「さようなら」という言葉と共に、視えなくなった。




「はぁ……。おじいさんに話を聞けて、良かった」


 駐車場に向かって歩きながら僕がつぶやくと、御澄宮司はくすりと笑う。


「本当に一ノ瀬さんは、変な人ですよね」


「えっ? 僕ですか?」


「一ノ瀬さんは、霊体と人間の区別もつかないし、言い方が悪いですが、物の怪に同情するような、お人好しでしょう? 正直に言うと、頼りないなと思っていたんです」


「ええ!?」


「でも、やる時はやるんだな、と思い直しました。瀬名さんの件については、本当に何も分からなくて、ずっとイライラしていたんですよね。私は、何事もはっきりとさせないと、気が済まないもので。一ノ瀬さんが謎を解いてくれたおかげで、すっきりしました。今日はよく寝れそうです」


「それは、良かったです……」


 駐車場にある、自分の車の前で立ち止まった御澄宮司は、僕の方へ身体を向けた。


「一ノ瀬さんも、今日はしっかりと寝ておいてください。明日は、長い1日になるかも知れませんから」


 先程とは打って変わって、真剣な表情の御澄宮司に、僕は思わず息を呑んだ。分かっているつもりではいたが、それほど、瑛斗から麗華を引き離すのは難しいのだろう。


「分かり…ました」


「では明日の朝10時に、またここで」


「はい」


 御澄宮司もすっきりしたと言っていたが、僕も、もやもやとした気持ちが消えたような気がする。それは、やるべきことが分かったからなのかも知れない。


 ——悪者になってでも、絶対にあいつから、情報を聞き出してやる。


 僕は、ぐっと拳を握りしめた。

 

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