6

 巫女装束の女性に案内され、廻廊かいろうを歩く。


 壁は真っ白で、柱は全て鮮やかな朱色だ。回廊からせり出した軒先には、所々に金色の飾りが吊り下げられている。風が吹くと、金色の飾りは揺れて、陽の光をきらきらと反射させた。


 あまりにも華やかで幻想的な美しさに、目がくらみそうだ。


「はぁ〜……」


 気の抜けた声がした方へ目をやると、瑛斗はほうけた顔をして、廻廊を見まわしている。


 まぁ、その気持ちは分からなくもない。巫女装束の女性がスタスタと前を歩いて行くので、僕たちもついて行かなければならないが、本当はもう少し、この幻想的な光景を見ていたい。


 朱塗りの廻廊は、見た目も美しいが、まるで秋の早朝のように空気が澄んでいる。身体の中の悪いものを全て、浄化してくれているようだ。


「こちらです」


 女性に言われて立ち止まると賽銭箱さいせんばこがあり、その奥には広い空間が広がっている。どうやら拝殿はいでんのようだ。


 中には、真っ白な装束に身を包んだ男性が立っている。はかまも白色で、白い文様が入っているのが見える。位が高い神職の装束だ。あの男性が、神原社長が言っていた宮司なのだろう。


「どうぞ、お入りください」


 宮司に言われ、僕と瑛斗は視線を合わせて頷いた。


 拝殿の中に入り、用意されていた椅子に並んで座る。


「ようこそおいでくださいました。宮司の御澄みすみと申します」


 御澄宮司が微笑む。歳は30代くらいだろうか。少し色素の薄い髪で、整った顔立ちをしている。


「一ノ瀬蒼汰です」

「瀬名瑛斗です」


 僕たちが頭を下げると、御澄宮司も会釈を返す。


「大体のことは、信子さんから聞いたのですが——」


 御澄宮司が言いかけると、瑛斗が不思議そうな顔をして僕を見た。


「あぁ。僕の会社の社長だよ。神原信子っていうんだ。神原社長が、御澄宮司を紹介してくれたんだよ」


 瑛斗は、あぁ、と頷いた。


「失礼。いつも信子さんとお呼びするもので」


「いえ。遠い親戚だと聞いています。信子さんで、大丈夫です」


 僕が言うと御澄宮司は、バツが悪そうに、眉を下げて笑った。大きな神社の宮司と聞いた時は、とっつきにくい人なのだろうかと思ったが、そうではないのかも知れない。


「では初めに、私が書いた護符を、見せていただけますか?」


「はい」


 瑛斗は、首にかけてある巾着袋の中から護符を取り出し、御澄宮司に手渡す。


「あぁ……。やはり、これでは力不足でしたね」


 御澄宮司は眉をひそめた。


「どういうことですか? 護符はちゃんと効きました。僕が使ったんですけど、護符を霊に押し付けたら、遠ざけることができましたから」


「それがおかしいんですよ……。この護符は、普通の死霊が直接触れると、一瞬で消え去ってしまうはずなんです」


「えっ……?」


 ——こんな紙切れが本当に効くのか、とか思ってしまったけど、そんなに強力なものだったのか……。


「消せなかったんですよね?」


「はい……。霧みたいに散っていっただけだと思います。でも、どうして消せなかったって、分かったんですか?」


 御澄宮司は僕の目の前に、護符を差し出した。


「これを、見てください」


 護符を覗き込むと、真ん中に、小さく亀裂が入っている。


「いつの間に……」


「おそらく、一ノ瀬さんがこの護符を使った時に、力を跳ね返されたんです。話に聞いていた通り、その死霊は、とても強い力を持っているようで。——なんだか、死霊というよりは、物の怪と言った方が良さそうな気がしますね」


 御澄宮司は護符を見つめながら、う〜ん、と唸る。


「まぁ、護符は後で、もう少し強力なものをお渡しするとして……。今日は、瀬名さんが今どんな状態なのかを、見せていただこうと思ったのですが、私が今心配なのは、瀬名さんではなく——。一ノ瀬さんです」


「えっ……? 僕ですか?」

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