5

 5分ほど歩くと、小さな公園に着いた。


 オフィス街にある公園は、ベンチの後ろに街灯が1つあるだけで、薄暗い。それでも、話をするだけなら充分なので、2人並んでベンチに座った。僕たちの他には誰もいないので、瑛斗も話しやすいだろう。


「話って、何?」


 僕が訊くと、瑛斗は1度目をせてから口を開いた。


「……高校の時にさ。何度か、肝試しに行こうって誘われたことがあっただろ?」


「うん」


「でも、蒼汰はいつも断っていたよな。やめた方がいい、ってみんなを説得してさ。……あれは、怖いからとか、そんな理由じゃないんだろ? それに……たまに、何もない所をじっと見つめているのも、本当は気になってた。そこには、何かがあるんだろうなって。


 でも、蒼汰は何も言わないから、知られたくないんだろうな、と思って黙っていたんだ。——蒼汰は、俺たちには見えないものが、視えるんだろ? その……幽霊とか」


 瑛斗が真っ直ぐに僕の目を見つめると、心臓が大きく脈打った。それは、僕が1番話したくないことだ。いくら瑛斗が友達だといっても、知られたくないことまで、無理に話す必要があるのだろうか。


「……」


 僕が何も答えずに黙っていると、瑛斗はうつむき、そのまま話を続けた。


「別にそのことに関して、どうこうって言いたいわけじゃないんだ。そういうことに詳しい人に、相談したかったからというか……。俺は、霊感とかは、全くないはずなんだけど……。実はさ……。何か、いるんだよね。……俺の家」


「何で、そう思うんだ?」


 僕が訊くと、瑛斗は一瞬こちらを見たが、また下に視線を向けた。


「今のマンションに引っ越して、1週間くらい経った頃かな。夜中に、変な音がするようになったんだ。寝室の畳の上を、ミシッ、ミシッ、って誰かが歩く音とか、廊下をドタドタと走り回る音とか……。目を開けてみても、何もいないんだけどな。でも、絶対に何かがいるんだよ……」


 瑛斗が、膝の上で組んだ両手に、ぐっと力を入れたのが分かった。


 ——何かが家の中を徘徊はいかいしていると、瑛斗が気付いた……?


 霊感のない人間が、それ程はっきりと存在を認識するのは珍しい。普通は、なんとなく音が聞こえた気がする。とか、ふと目の端に何かが映ったような気がする。とか、そんな程度だ。なぜ、霊感がないはずの瑛斗が気付いたのだろうか。


「……引っ越して、どのくらい経ったんだ?」


「今は、2ヶ月くらいかな」


「2ヶ月……」


 それ以上は口には出さなかったが、思っていたよりも時間が経っていたので、驚いた。明らかな心霊現象が起こる家で、2ヶ月。気付いていながら、よく2ヶ月も我慢していられるものだ。


「気になったのは、足音だけ?」


「いや……。最近は、何かが近寄って来たような気がする時がある……。今みたいに、隣に誰かがいると分かるだろ? ……そんな感じ。それから、風呂に入っている時に、ドアの前で物音がしたりするようになった。人がいるような気配がしてドアを開けるんだけど、やっぱり、何もいないんだよな……」


 段々と、瑛斗は泣きそうな顔になっていく。思い出したくないのだろう。それでも瑛斗は話を続けた。

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